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斎場の霊

 葬儀社に勤めていた薫さんは不思議な体験をされている。

 彼女自身は忙しさから仕事を退職したが、
 ――あそこ祭壇の花と花の間から、毎回顔が覗くから怖い。
 と言い残して辞めていった後輩がいる。

 後輩は神奈川のとある葬儀場に行くことを非常に嫌がっていた。
「たぶん斎場の霊」
 私は首を捻った。
 毎日お坊さんが読経する場である。素人考えでは霊が憑く場とは思えない。
 そう言うと薫さんは身体を揺らして否定した。
「台所だって、掃除しないと汚くなっていく一方でしょ。同じように斎場自体もお祓いしないといけないのよ、本当は。けれどそれやるとコストがかかるから、わざわざお祓いしないところも多いの」

 様々な事情で通夜を自宅ではなく葬儀場で行うケースもある。
 そうなるとスタッフ達も従業員室に詰め、夜を過ごさねばならない。
 件の葬儀場では決まって深夜、2Fの式場から無言の内線が鳴るという。
 何度行っても誰もいない。
「だからあたしもあそこの斎場は嫌いだったな。面倒なんだもの。
 なんだかナースコールの怪談と似ていますねというと、薫さんは子供のようにあどけなく笑った。


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せっかちな人

 葬儀社に勤めていた薫さんは不思議な体験をされている。
「数珠パァーンなんて当たり前なのよ。あんまりに破裂するもんだから、数珠なかったら太っちょのあたしがパァーンされるんじゃないかと思ってビクビクもんだったわ」
 そうケラケラと笑う薫さんは、いかにも肝が据わっているように見えた。
「辞めた理由は別に怪異現象が多いからじゃないの。そんなの慣れちゃうのよ案外。お家帰ってご飯ぱくぱく食べて寝れば忘れてるの。ただもう忙しくて忙しくて。高齢化社会って実感するわよ、あそこにいると。よく同僚と言い合ってたわ『休めるのって友引くらい』って」

 葬儀社の業務の一つには遺体の搬送がある。
 病院から、自宅から。あるいは警察からの遺体安置所から。
 老人ホームから斎場への搬送も多い。
 老人ホームには設備の性質上、霊安室が設置されてることがあるそうだ。
 ホームから連絡あって、ご遺体をお迎え行ったのね。通常そこのホームだと八時過ぎたらエレベーターがロックされるの。ボケた高齢者が迷い込んじゃうから。そうなったら大事でしょ? 介護スタッフの人が大変でしょ?」 
 確かにと私は頷いた。霊安室に迷い込んだ老人を探しにいく業務はかなり辛そうである。
 ただ、と薫さんは続ける。たまにロックかかっていないことがあるの。
「初めての時はビックリしたわ。いつも夜の搬送は警備員さんにお願いしてロック解除してもらうんだけど、エレベーター動いてたから、あぁ今日はたまたまロックしていないのかなぁって思ったの。で、地下の霊安室に降りていった途端」
 ガッタン。
 鈍い音がしたかと思うとエレベータにロックがかかった。
 慌ててボタンを押しても反応はなかった。
(こんなタイミングってあるの……)
 薫さんの目前には老人の遺体が横たわっている。
 怖くはなかった。 
 自分でも意外に思うほど、落ち着いていた。
 ため息をひとつついてから、スマートフォンで老人ホームの受付に電話しロックを解除してもらったという。
 待っている最中、薫さんは手間のかかった祖父の介護を思い返していた。
「なんていうの、早く来てくれって急かされる感じかなぁ。はいはいお爺ちゃん、今いきますよ、そんな慌てないのって感じで、しょうがないなぁって思えてさぁ」
 その後も同様の現象が度々起きたが、次第に薫さんは『そういうものだ』という認識になったという。


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新社会人に向けて


 終電間際、かかってきた電話対応をしている田辺さんの鼓膜に電話越しではない、草笛に似た細高い音が届いた。
<……誰だろう?>
 何者かがふざけて口笛を吹いているのだと思った。
 だが電話を終えて、音の出所らしい箇所に顔を向けると絶句した。
 長い髪に隠れた女の顔が、ドアの隙間から上下していた。落下と、ゆっくりとした上昇を繰り返していた。
 口元だけでにたぁと下碑た薄笑いを浮かべた女は『わ』と発するように唇を動かした。続けて『たしと・いっしょ』と唇だけで話しかけ、唐突に消えたという。
<うわっ……>
 当時田辺さんは会社と自宅の繰り返しの毎日だった。
 そこを見透かされたようで、急に恥ずかしさを憶えたという。
 不思議とその女の正体に思考はまわらなかった。後から考えればその時間に社内に残る女性はいるわけもなく、おまけに女の顔があった高さはおよそ二メートル半と人外であることは明らかだったが、それよりも指摘にただただ自分が恥ずかしくなった。
「翌週に退職届を書きました。たぶんあのお化け女が言うとおり、死んでいるのと一緒だと思ったから」
 田辺さんは現在、フリーター生活を堪能しているという。

 × × × × × ×

 新社会人になったばかりの井野君は理解できなかった。
 なぜたかだが一年早く先に入社しただけの人間が横柄なのかを。
 なぜ四つしか年齢が違わない女が自分を物のように扱うのかを。
 なぜ係長がしきりに夜を厭がるのかを。
 どうして係長は毎年決まった日に赤の他人の墓参りに行くのかを。
 酒を呑むと係長は泣き出す。子供のように泣き出す。
 係長が犯した致命的なミスのせいで取引先の人間が一人首をくくっていると知った今も、井野君はいまだ理解できない。今後も理解できないだろうと話す。だがきっとそれも変わる。

 × × × × × ×
 
 石峰さんは入社して七年。社内では中堅の立場である。
 育てた後輩も十人ほどにもなるが現在全ての後輩は転職している。
 それは会社のせい、と石峰さんは言う。
 事実、話を伺う限り職場環境はブラックだ。
 それでも石峰さん自身が退職しないのは「自分がいないと会社が回らないから」という理由だ。
 だが彼は呪っている。
 独自に学習した密教系の呪術を用い、一日千回とある真言を唱え、辞めていった元部下の全員が不幸になりますようにと念じている。
 全員が転職先を馘首され、惨めに路頭を迷った挙句に自分に泣いて縋ってくる様を思い浮かべては自慰を繰り返すという。
 対象は男女問わずである。
「管理職になった奴、だいたいみんな同じこと考えてるって」と言うが私にはわからない。


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八王子在住

 大学に入学したばかりの頃、吉木さんは友人同士でドライブに出かけたという。
 ドライブをスタートして一時間ほどで道に迷った。
 吉木さんは生まれも育ちも八王子。選んだ大学も八王子にある創価大学である。
「いくら慣れていない運転だからって、迷うなんて考えづらいんですけど……」
 同乗していた友人とあっちだこっちだと車を走らせていると、気づけば行き止まりとなっていた。
 車をバックさせようとすると、吉木さんは気づいた。
「友達と顔を見合わせて、真っ青なりました。あぁ呼ばれたねって……。知ってます? 八王子城跡って」
 有名な心霊スポット、八王子城跡のことである。 
 私が頷くと吉木さんは苦い顔をしたまま続けた。
「実は心霊スポットなんて地元の人間は怖がってなんかいないって聞くじゃないですか? 私も基本的にはそう思うんですが、あそこだけは違うんです。あそこの夜の空気だけは絶対違うんです。面白半分で行くのは絶対やめた方がいいですよ」

 × × × × × ×

 五藤さんは学生の頃、嫌な先輩がいた。
 高校の先輩だったのだが、同学年には軽んじられるので嫌と言わない年下を従えるタイプだった。
「優しければいいんですけど、めっちゃ粗暴で。車出させるくせして飯も奢らないんですよ」
 高校を卒業してからフリーターを続けていた先輩は暇になると五藤さんを呼び出した。
「本音は断りたいんですけど、僕あんまり人に怒るの得意じゃなくて……。嫌なんですよ、人が怒ったり怒鳴ったりしているシーンって。例え映画とかドラマでも苦手なんです」
 その原因は中学の時に死んだ父親にあるだろうと五藤さんは自己分析をしていた。
 ともかく五藤さんは大学一年の前半、同級生たちよりも先輩と多くの時間を過ごした。それは非常に苦痛だったという。
「まぁ先輩もずっと嫌な奴じゃないんで、会うことがすごく嫌って訳じゃないんですけど、大学の周りはみんな着々と友人関係を築いていっているっていうのに、自分だけ地元の先輩に振り回されている状況が嫌で嫌で……」
 その日も断れず先輩の言うがまま車を出した。
 八王子郊外のゲームセンターで遊んだ帰り道、先輩が車中で心霊スポットに行こうと言い出した。
 渋る五藤さんに先輩は「近くにあっから」と説得したという。
「もう十二時も回っていたんで帰りたかったんですけど、帰り道の途中だったんで承諾したんです。全然行きたくなかったんですけど、十分くらいで終わるっていうんで、じゃあいいかって」
 大人しく従い、車を走らせる。 
 先輩が言う心霊スポットとは、とくに何かしらのイワレがある場所ではなく二ヶ月ほど前に死亡事故があったただの路上だった。事故も轢き逃げ等の悲惨な類ではなく居眠り運転で、警察の事後処理も全て終っている。
「まぁ東京とはいえ車社会なんで、そんな珍しいわけでもないんですけど。きっと先輩は女の子と肝試しする機会があれば活かそうと、そのための下調べだったと思います」
 
 車を止めると、当然ではあるがただの路上だった。
 道端に電話ボックスと街灯。
 事故があっただけの路上に不気味さは感じられなかった。
 だが先輩は勇敢な行為をした英雄のように証を欲しがった。写真を撮ってくれと五藤さんに指示した。
 まるで自分が心霊を退治したかのような表情を浮かべる先輩に、五藤さんはカメラを向けた。
 心底馬鹿らしかったという。

 撮った写真を見ると、電話ボックスのガラスにどうにも顔のようなものが写っている。
 アップして確認する。鬼の形相をした五藤さん自身の顔が写っていた。



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