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絶交

 菅原さんは以前勤めていた職場に仲の良い同僚がいた。友人と呼んでも差し支えない二歳年上の女性だった。
 職場が倒産し(小さい編集プロダクションだった)次の勤め先はバラバラになったものの仲は変わらずだった。
 だが菅原さんはある日友人との連絡を一切絶った。
 同業ゆえの気軽さで、仕事を振る約束をしていたというのに、一方的に連絡を無視したという。
 きっかけは夢だったが、それを契機として菅原さんは日々夢想にするようになった。
 夢の内容は四肢を失った友人を愛撫するものだったという。
 
 件の友人とは一度駅で遭遇した。菅原さんに気づいた友人は、当然じっと非難めいた視線を送ってきたが、それを菅原さんは無視した。そして自分の選択が間違っていないことを知った。
 見つめられている間、欲望に心が焼き尽くされそうになったという。
 
 菅原さんのルックスは、流行をキチンと意識したファッションの(それゆえにどこにでも見かける)普通に可愛いらしい女性である。彼女の暝い欲望を知っている私だけである。


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札幌の事故物件

 三十代前半のとても綺麗な女性、赤嶺さんが北海道は札幌に住んでいた頃。
 彼女は二十代前半、両親との関係悪化にしたがい一人暮らしを余儀なくされた。
 金はない。
 選ぶ余地はなく、札幌でも安い方の二万円のワンルームを借りたという。
 まだ秋の前だった。
 赤嶺さんが引越しをバイト先に話すと、一人が妙なこと言った。
「そこのアパート、危ないっすよ」
 どういうこと? と赤嶺さんがしつこく尋ねると、同僚は渋々といったていで喋った。
「親から自殺あったって聞いてますよ、そこ」
 またぁ、と赤嶺さんは鼻で笑ったが、脇にはおびただしい汗をかいていた。
 ――引っ越したアパートは四世帯しか入らない小さな建物。
 四分の一の確率だった。
 次の休みに、赤嶺さんは不動産屋のもとに出向いた。
 ここは事故物件か、とストレートに質問をぶつけた。
 今から考えればそれが失策だったとわかる。
 一般的な社会人が二十代そこそこの女性にまともに向き合うだろうか? おまけに相手は安い金額しか落とさない客である。
 若い不動産屋ははぐらかした。
 はっきりと何があったかは言わず「何かトラブルがあったらまた来てください」とはぐらかした。
 おまけに不要な『他の部屋の住人は皆長く住んでいる』という情報まで得てしまった。
「内地の人間にはイメージしづらいだろうど、あっちだと屋内には暖房器具のパイプが通っているの 」
 と赤嶺さんは説明する。
「今はどうかわからないけど、私のときはそうだったの。そこに、そのパイプに……」
 不動産屋から帰った赤嶺さんは、唐突に気づいた。
 なぜ今まで気づかなかったのだろう?
 部屋に通るパイプに、縄がかけられていた。縄はパイプに縛られ、十センチほど垂れた端は途切れている。
 首吊りがあったことを連想させるには充分な存在感だった。
 垂れている縄の先は、もともとわっか状になっていたのではないか?
 赤嶺さんは想像した。
 ――でも、なぜ?
 この部屋で自殺があったのなら、警察が押収するんじゃないのか?
 もし警察が見落としていても、大家が回収するんじゃないのか?
 なんでこの部屋には、使途不明の縄が垂れているんだ?
 ――何のタメ?
 赤嶺さんの脳裏に疑問がぐるぐるめぐる。
 結論が見いだせなかった赤嶺さんは、結局一晩実家に帰ることにした。
 翌日自分の部屋に戻ると、件の縄はどこにも見当たらなかったという。
 ますます赤嶺さんは混乱することになった、
「もちろんすぐに引越したわ。あの部屋にいると、彼岸に連れていかれる気がしたから」
 安いアパートはやめときなさいよ、と赤嶺さんは鼻の付け根に皺を寄せた。


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三面鏡

「『視える』って大変なの。大変だけど不思議な体験なの。何が不思議って、十代の頃にしか見れなかったから」
 一つ前の記事に載せた『アイちゃん』から聞いた話。

「都営住宅から今のアパートに越してきて、最初何が困ったかってね、洗面所なの。
 洗面所には三面鏡があって……扉になってて内側にハブラシとか収納できるやつ。
 そこで毎朝、毎朝、見るの。
 私が歯磨きとかしてると、うつるの。
 真っ黒い男の人が。
 ――ううん、顔はわかんない。
 ただ男の人だとわかるシルエットだけ。
 それでもおしっこ出そうになっちゃうほど怖いの。だって嫌じゃない? 変態の覗きだって超嫌なのに、正体不明の覗きだよ?
 すっごい困る。
 マスカラとか確認してると、ふっと後ろにいるの。そうなったらもう見れない。そのせいで友達から化粧ミス指摘されるし、もうすっごいムカつくの。あの三面鏡めって。……何にもできないけど。
 ともかく視界に入ると、私なるだけ見ないように俯いて洗面所離れていたの。

 けれどあれはいつだったかな。
 いつだったんだろう。
 ある時に真っ黒の人、泣いてるように見えたの。真っ黒の手を真っ黒の顔にあてて、真っ黒な涙を垂らしてるの。
 どうしたんだろうって思ったんだけど、私その時に世界一好きだった人に振られて、もうなんにも元気なかったから、
 私も泣けてきちゃって。止まんなくて――。
 しばらくそのままでいたら、黒いシルエット、消えていったの。
 悲しそうだったの」

 大人になった今、アイちゃんは男のシルエットを全く見ないという。
 例えお化けでも――並んで一緒に泣いた人がいなくなるのって、どこか悲しい、と彼女は言う。


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くろいむし

 アイちゃんは今時の若い女の子。
 鮮やかな紅い口紅、太い眉、長めに引いたアイライン。
 ゆったりとした白いセーターににタイトなパンツがよく似合う。
 新宿駅なら一分間に二十人は見る量産型の可愛らしい女の子だ。
 ただ彼女は霊が『視える』。
 彼女の母親も同様に視えるという。
 以前住んでいた都営住宅でアイちゃんが体験したこと。
 バイト前に部屋で準備をしていると、視界の上方に黒いものがあった。 
 目線を上げると黒い虫が飛んでいた。大きさが異様だった。手のひら大サイズだった。
 さらに異様なことに、虫の顔は拳ほどの大きさで、女の顔をしていた。見たこともない中年女性の顔だった。眉は吊りあがっており口角はバナナをくわえるように開いていた。
「え、まって」
 それは羽音もたてずにふわふわと宙に浮いていた。そしてアイちゃんを睨んでいた。
「お、おかあさーん! おかあさぁあああん!」
 別室にいた母親が飛び込んできた。
 どうしたっていうの、と険しい顔をした母親にアイちゃんは指をさして虫の存在を教えようとした。
 だが宙にはいない。
 バッタァン。
 雑誌が落ちるような音がした。反射的に目をやると床に女がいた。
 虫だった女は人の形となり、腹這いとなってアイちゃんと母親を睨んでいたという。
 その後どうしたかは憶えていないという。
 誰に言っても信じてもらえないが、母と見たので夢や幻覚の類ではないとアイちゃんは確信している。


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