怖い話 - 人から聞いた怖い話-実話恐怖話コレクション- ホーム » ナベやん » ナベやん。その5・彼が大学に近づかない理由

ナベやん。その5・彼が大学に近づかない理由

 私の友人でナベやんという男がいる。
 彼は自分では認めないが、はたから見ていると、どうにも危険な出来事に巻き込まれる星の下に生まれているようだ。
 怖い実体験の話題は事欠かない。

 学生時代、ナベやんは大学近くのコンビニでバイトをしていた。
 貧乏学生だった私は(誰しもがそうであるが)廃棄弁当狙いで深夜になると彼の職場にちょくちょく遊びに行っていた。なので場所はしっかり覚えている。
 十年近く前の話。神奈川の郊外だった。

 彼がひどく酔っ払う時はほぼこの話を聞かされる。
 むろん細部はある程度は脚色されているだろう。
 某ドキュメンタリー映画監督も、ドキュメンタリーは恣意的な視線が入ると仰っている。
 ともかく。ナベやんはその時、コンビニの店員をしていた。
 眠気も襲ってくる深夜二時、店員は彼一人だった。
 客もまばらで、時折トラックの運ちゃんが缶コーヒーとアルコールを求めにやってくるぐらいだった。
 きっとその時ナベやんは「明日の朝からの講義どうしようか、サボろうか」と考えていただろう。あるいは近づいた長い夏休みについてか。眠りに近いほど意識はぼやけていた。
 だが空気をぶつけたような怒鳴り声で一気に覚醒した。
 声の出所は雑誌コーナーだった。
 いかにも学生そうなポロシャツを着た男と、三十代前後であろう鋭い目つきをした坊主男がいた。ポロシャツとは友達になれそうだったが坊主とは仲良くなれそうにないとナベやんは即座に判断した。まず体つきからして威圧感がありすぎる。きっと話も合わない。
「なぁ、こら、おい。これお前のもんか。なぁ。なんだ読んでたんですけどって、それお前のもんか」
「……なんですか」
 ポロシャツのやや反抗的な言葉に、坊主頭が激昂したことはすぐにわかった。
「いいねその態度」
 坊主は吐き捨て、ナベやんを振り向いた。視線に気づいていたのだろうとナベやんは言う。
「兄ちゃんなー、俺ら知り合いだから、知り合い同士の話だから首突っ込まんでいいからなー」
 余計なことをするな、男の鮫のような目は伝えていた。
 ナベやんは小声で「ハイ」と答えると、必要もないのに在庫チェックを始めた。
 だが否が応でも意識はそちらに向く。ナベやんは俯きながら盗み見た。
 けどそれもあの坊主は気づいとったやろなぁ、とこの話をする度にナベやんは回想する。
 レジまで聞こえないほどの音声だったが、ポロシャツが突然の展開に戸惑っていることはわかった。
 ポロシャツからの視線は感じたが顔は上げられなかった。
 再び、坊主のボリュームは大きくなる。
「なぁ、こら、誰が、おい、いいっつったんだよ。なぁ、付け上がってよう、なぁ」
 ポロシャツもそれにつられ、大声を出した。
「だからぁ! 何度も言ってるじゃないですか! 僕が読んでた本なんですってば! 勘弁してくださいよ!」
「……わかったわ。もういい」
 坊主の視線はポロシャツから床に移った。何かを見つけたようだった。
 神奈川とはいえかなり田舎の方なので、店内には度々虫が紛れ込む。
「おぉちょっと待ってろ。動くんじゃねぇぞ」
 坊主はポロシャツの襟を掴んだまま二歩歩き、屈んだ。
 腰を上げた男の手には、鎌をあげ威嚇するカマキリが掴まれていた。
 ナベやんは至近距離で一割好奇心、九割恐怖心で動けなかった。
 報復の危険性を考えると警察に通報することは躊躇われた。
「こらお前、こら、反省せえ」
 男はポロシャツの後頭部をでかい掌で包んだ。リンゴを潰すレスラーのパフォーマンスのように思えた。
「どうしてです、いや、ちょっと何するんで……」
 ポロシャツの表情から怒りがブレンドされた戸惑いの表情が消えた。微塵も残っていなかった。代わりに恐怖の表情が貼りついていた。「あの顔は忘れられないわ」とナベやんは今でも鳥肌をたたせる。
「あげげげぇ、おぐ、おぐぅ、無理無理むりあって」

 遠目からでもカマキリの頭が鼻に入ったのはわかった。小鼻に鎌をつきたて、カマキリも暴れていた。

「お前なんだその口は、おぉ!?」
 激昂に理性を放棄した坊主はポロシャツの鼻のさらに奥までカマキリを突っ込んだ。
 緑の液体がつー、と鼻から流れたそうだ。
「ほら、お前、そのまま鼻で息せぇ。ずーって鼻水啜るみたいに、吸い込めぇ。カマちゃんのこと飲み込んじまえぇ」
 坊主はポロシャツの口を掌で押さえていた。ポロシャツは釣り上げられた魚のように体をバタつかせていたが、 坊主の筋肉はそれを凌駕していた。
 びたん、びたん……。
 抵抗の音はコンビニの有線に紛れ、そして止まった。
 誰かこのコンビニに入ってきてくれるのなら、強盗ですらいいとナベやんは思ったそうだ。
 終わりは唐突だった。
 身動きを止めたポロシャツを、坊主は片手で持ち上げて外に連れ出した。
 車のドアが開く音。
 ドサリと重いものが投げ出された音。
(……警察呼ばな)
 ナベやんが行動に移す前に、坊主は再入店してきた。そしてナベやんに笑顔を振りまいた。
「兄ちゃん、すまんな変なもん見せて。な、これでジュースでも買ってくれや」
手渡された千円札を見つめながらなべやんはブンブンと頭を縦に振った。
 誰にも言う必要ないからなー、そんな明るい声だけを残し、再びコンビニは静かになった。

「警察はもちろん呼んだよ。店長にも連絡いって、たぶん防犯ビデオとか渡してたから、捕まったんとちゃうかな。捕まったと信じたいわ」
 二度ほど事情聴取があった。
 それが終わった翌日、ナベやんはバイト先を辞めた。
「バックレに近い形やけどしゃーないやろ。店長もしゃーないって思とったみたいで、連絡してこんかったわ」
 その後ナベやんはすぐさま都内の方へ引越しをした。
 たまにある同窓会で、大学に行ってみようと話が出るもの、ナベやんは一度も首を縦に振らない。


ブログパーツ
コメント
非公開コメント

別に警察に通報しなくても良いと思うがポロも弱い癖に何故逆らったんやろ
正直カマキリだけが不憫で仕方ないわ

2013-09-29 17:05 │ from 名無しURL

通報するのが普通でしょ!

ヤクザ?最低!人間のクズ!

いくら長いものには巻かれろと言っても、もしも我が子が同じ目にあったとしたら…

2016-07-23 15:04 │ from 零URL

零て人、自分はこうだから!普通は!
とかのコメントばっかでウザイ

2017-02-08 11:24 │ from 名無しURL Edit

トラックバック

http://kowahana.blog.fc2.com/tb.php/133-fe436b02