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座敷わらし

 平井さんは八年勤めた制作会社を辞め、フリーランスのデザイナーとして働いている。
 去年の秋から冬にかけてのことだ。
「本家のじいさまがいよいよ危ないってんで、親に呼び出されたんだ」
 場所は東北のド田舎。
 子供の頃に数回行ったきりの関係だったのだが、家のしがらみで拒否はできない。ましてや親は『フリーランス』をいつでも自分の好きに休みがとれるお気楽な職業と認識していた。
 母親からの連絡は、ちょうど新しい案件を引き受けた直後だった。
 結局平井さんは新幹線に乗る直前まで作業に没頭し、祖父宅で続きをする為バッグにノートパソコンを突っ込んで出発した。

 到着した頃には、祖父が果てるまで秒読みの段階だった。
 見舞いの後に、両親は親戚たちと病院に詰めるというので、平井さんは留守番を任命された。
 いざ葬儀が始まれば落ち着く時間もない。平井さんは早速ノートパソコンを開いて作業を始めた。
 時間との勝負だった。
 祖父の危篤を知らせる電話が先か。
 締め切りの催促の電話が先か。
 どちらが先でも厄介なことになるだろう。
 気ばかり焦る。
 その時、紙をこするような音が聞こえた。
「ノートパソコンだと動きも遅いし、画面も小さいしで作業が捗らないんだ。イライラしながら作業していると、隣の部屋で物音がするんだよ。いや風も吹いてないし、家には誰もいない」
 襖を開けても誰もいない。
「なんだ?」
 平井さんは首を捻った。
 原因の究明をする時間はなかった。
 いつ電話が鳴ってもおかしくない状況だ。作業はまだ五割。
「そんな時くらいは締め切り、待ってもらえないんですか?」
 私が尋ねると彼は答えた。
「待ってもらえるというか……違うフリーランスにその仕事を振ることになるね。そうなると次回からのその案件はそのフリーが担当することになる。美味しい案件だったから今後も俺がやりたかった」
 意地もあった。
 以前の制作会社を辞める際、上司から「雇われている方が百倍楽だぞ。絶対後悔するぞ」と引きとめられていた。一人でも修羅場を乗り越えられることを証明したかった。
 ふと思い立った平井さんは、唾をつけた指で襖に穴をあけ隣室を覗いた。
 薄暗い部屋に目を凝らすと、一層と黒いぼんやりとした影が、部屋の隅に見えた。
「え?」
 平井さんがつい声に出してしまうと、影はぼろぼろと抜け落ちて薄闇に溶けていった。
 ――なんだ、今の。
 パソコンモニタを凝視してしまったせいだと平井さんは考えた。
 虫がいたわけでもない。きっと疲れ目の仕業だろう。
 そして作業に戻った時、電話が鳴った。
 祖父の危篤を知らせる電話だった。

 通夜が終わり、慌しく葬儀の準備へとなっていった。
 むろん平井さんも駆り出されるが、しかし残っている仕事が気がかりで集中ができなかったそうだ。
 母親がそれを咎めるように言った。
「あんた、お世話になったお爺ちゃんの最後のお手伝いくらい、しゃんとやりなさいよ」
 祖父の死が悲しくないわけではなかった。
 しかし哀しみに焦燥が混じると、感情はもつれた糸のように出口が無くなる。
 気づけば怒鳴っていた。
「俺だって忙しいんだよ!」
 母親は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした後「そうね……あんたも仕事あるもんね。そっちやんなさい。悪かったわね」と口にしたそうだ。
 平井さんは気まずくなってその場を後にした。

 準備をよそに、平井さんはパソコンをスリープモードから起動させた。
 開きっぱなしにしていた画像編集ソフトPhotoshopには、平井さんが作っていないデータがあった。
 画面に映るのは子供のラクガキだった。
「けれどおかしいんだ」
 パソコンのモニタに描かれている線が滑らかすぎた。
「一度でもやろうとすればわかるけど、マウスで絵を描こうたって難しいんだ。斜めとか曲線がギザギザになっちゃうだろ? それにノートパソコンだからマウスすらない。どうやって、誰がこれを描いたんだ? って思って……」
 あたりを見回すと、廊下を小さな人影が駆けていった。
 子供のサイズ。
 おかっぱ頭に、着物姿だった。
 平井さんの脳裏に、幼い頃に祖父から聞かせてもらった座敷わらしの話が蘇ったという。
 祖父の膝の上で、みかんの皮を剥いてもらいながら話してもらった。
 パソコンのモニタに映るのは、幼い頃に平井さんが描いた祖父の似顔絵だった。
「ははっ……」
 乾いた笑い声をたてると、平井さんはパソコンを閉じて仕事の断りの電話を入れたという。
「まぁ実際、徹夜してやれないこともなかったけど……」
 もう気が抜けてやる気になれなかった。
「俺、何してんだろうって呆れちゃったよ。血縁者の死すら悼まないで何が一人前だよって。優先順位が完全に狂ってるよなぁ」
 先方の担当者はかなり困っている様子だったし威圧的だった。今後の仕事の付き合いがなくなることを示唆されたが、いくら言われてもやる気になれなかった。
 そして先ほどの無礼を母親に詫び、じっくり祖父と向き合ったという。
 ――まぁ短い時間でやっつけたって、いい仕事なんてできないさ。
 平井さんは自分に言い聞かせたそうだ。

「ただ結果論になっちゃうけど、その仕事はやらなくて正解だったんだ」
 発注先が、飛んだ――つまり支払いもせずに連絡がとれなくなったそうだ。
「他のデザイナーからも俺のとこに何か知らないかって連絡あったし。知り合いのライターもやられたって言ってたよ。そいつは溜まりに溜まって三十万。俺らからしたらでかいよな」
 その仕事を転機に平井さんは仕事を整理した。
「なんでって? まだいるんだよ、座敷わらしは」
 平井さんは来年空き家となった祖父宅に移り住み、そこで再び仕事を始めるつもりだという。
 ネットさえあれば田舎でだって仕事はできるから、そう前置きしてから平井さんは仰った。
「マイペースで仕事しながらあの子と遊ぶよ。葬式終わってさ、祖父宅を後にしたとき聴こえたんだよ。親は気づいてなかったから俺だけっぽいな。『早くもどってきてね』って。『ここにいるから』って。ちっちゃい女の子の声で。あそこにいたら、俺きっともっと上等な人間になれると思う」

 平井さんの瞳に宿っている輝きは、妙に湿った熱を帯びていた。


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コメント
非公開コメント

遠野の人は、座敷わらしを普通に「いる」存在として認識してるよね

2013-12-28 18:48 │ from 名無しURL

No title

それ...本当に座敷童か?

2015-10-04 08:31 │ from にゃんこURL Edit

No title

座敷童っていうかとり憑かれてるくさいくない?

2015-10-09 21:15 │ from 名無しURL

家族を大切に想う気持ちとかが読んでて伝わってきました。凄く優しい気持ちになれました。座敷童とのやりとりも読んでいて凄くほっこりしました。

2016-02-22 23:21 │ from 名無しURL

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