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私の話

 私は大学卒業後もしばらくモラトリアム期間を延長することに決めていた。
 何をおいても最優先にしなければならない就職活動も、到底やる気が起きず、買ってもいない宝くじが当たることを夢想する日々だった。
 無論後々困ることは明白だったが、当時は『とりあえず生きているだけでOK』というなんとも低いハードルを設けていた。
 恥ずかしながら家賃は学生から引き続き親から支援してもらっていたが、最低限の生活費は稼がなくてはならない。堕落した二十三歳であるが少なくともバイトは始めようと思っていた。
 何より一日家に篭って睡眠薬を齧っているのにも飽きていた。

 本が好きだという安直な理由で書店に応募すると、あっさりとバイト面接は受かった。駅前のチェーン店だった。
 ――その気になれば仕事なんていつでもできる。
 その時は調子に乗ったものの、即座に採用された理由は出社後にすぐに理解できた。
 人員が足りないのだった。
 私が採用された理由はたぶん『男』だったからだろう。腕力はからきしだが。
 職場の雰囲気は最低だった。
 原因は一人の社員。
 高学歴であるが性格には難アリ。
 下の人間をいびることにかけては天才的と表現してもよかった。
 私の年下の先輩である女子学生に対し「生理中は匂うからバックヤードでシュリンクかけてろ、な」と言い放った様は、見事なほどに最低だった。
 言うまでもなく私を含めた六人ほどのバイト連中からは蛇蝎の如く嫌われていた。
 三ヶ月が過ぎた頃、仕事終わりに連れていかれた居酒屋で、K田は私と同時期に入った女の子を評した。
「あいつは発達障害だからな」
 とりたててその同僚が気にいっていたわけではない。私自身もこいつはうすのろだなぁと考えていた。だがなぜが一瞬で血が沸騰した。
 仕事が決まったと嘘をついて仕事を辞めたのは翌週だった。

 四年後、いまだモラトリアムを続けている友人が系列の本屋で働き始めた。
 話を聞いていると私が勤めていた本屋に、友人の上司である社員も以前勤めていたという。ただ時期がズレているようだった。
 私が働いていた期間は四ヶ月程度だったので当然だ。
 そこで今度「K田という嫌な社員がいたことを覚えているか」と同僚に聞いてもらうことにした。できればK田がその後も書店で働いているのか知りたかった。
 別に仕返しがしたかったわけではなく純粋な好奇心だった。本屋のバイト以降、ありとあらゆる下衆な人間に会っていたのでむしろ懐かしくさえあった。
 後日友人から連絡があった。
 上司の方はK田を覚えておられるようだった。
「覚えてたぞ。『K田さんって顎の長い、目つきの悪い人でしょ』だって」
 その通りだった。狐を強引に擬人化したような歪さが顔にでていると当時は思ったものだ。
「その後の行方はどうって? まだ働いてるの?」
「あぁ、店舗は変わったけど働いてるみたい……うーん、そこから先は直接聞いた方がいいわ。お前好きそうな話だし……」
 興味をかきたてられた私は、上司の方(以降Aさんとする)とのセッティングを依頼した。

 Aさんはメガネをかけた穏やかな女性だった。
 私が同じチェーンの書店に勤務していた話が伝わっていたせいか、終始協力的にお話をお伺いできた。
 K田の話だが、私が辞めてからも彼の低俗さは留まることを知らなかったようだ。
 セクハラで訴えられればアウトなもの、殴られてもおかしくないような言動。
 狡猾なのか――私が思うにあれは無意識に、わざわざ剪定もせず選んでいたと思うが――K田がターゲットにする相手は、内向的な人間だった。
 自己主張も争いも苦手する人種は一定数いるが、書店にはそのタイプの人間が集まりやすいと私は思っている。口だけではなく本当に殴り倒すような気性の荒い人間は書店にまず応募しない。
 
 Aさんは私が辞めた二週間後に他店からK田がいる書店に移動になった。
 かなりキツイタイプの人間であるなぁと思ったそうだが、社会人経験四年目のAさんは慣れっこであったという。
「接客業だしね。嫌だなぁって思っても上手く付き合うやり方はあるから」
 確かにそうだと私も今では思う。当時は無理であったが。
「向こうもこっちのこと社員だから、無茶な扱いはできないし。一ヶ月経ったくらいの頃には接し方もわかってきたの。近づきすぎない、主張は必ずする。そうすれば大体うまくいくもの」
 バイトへの扱いは眉をひそめるものの、それをどうこうできるほどの発言権は立場上Aさんにはなかった。
「××温泉ってあるでしょ?」
 私は頷いた。
 書店がある駅は関東ではあるが温泉地にアクセスが非常にいい場所にあった。

 Aさんの歓迎会もかね、K田ともう一人の社員を含めた三人で温泉に行ったそうだ。
 軽く一風呂あびて、鯉こくを肴にいっぱいやろうという話だった。
 温泉街は山の方にある。
 バスを降りて目的地に向かう三人はあっさり迷った。
 あちこちと歩くうちに田んぼの多い土地に出てしまったという。
「それでもたぶん近いですよねって話をしてて……尋ねたくても人は誰もいなくて」
 無音の中を歩いていると錆びた鉄の臭いがし始めた。K田はクサッと小さく叫んだ。
 田舎道の真ん中に何かいた。
 一瞬Aさんはマネキンか、リアルな案山子だと思ったという。
 グリーンのワンピースを着たソレは左右に揺れていた。
 なんという名前かわからない、重い病気の人がかぶる帽子をかぶっていた。その下からはゴミ袋を雑に切ったような髪が生えている。
 強烈に覚えてるのは股間の真っ赤な汚れ。
 おびただしい量の血が流れているように見えた。
「後からネットでたまたま見て知ったのよ、屍蝋化している死体を。それにそっくりだったの」
 引き返すか。
 それとも避けて通りすぎるか。――この狭い道を?
 Aさんともう一人の同僚は引き返そうとした。
 しかしK田は進むことを選択した。
 ――彼の性格からすれば、怯える姿を見せることを良しとしなかったのだろう。
 Aさんは数歩歩いたときに、K田が隣にいないことに気づいた。
 恐々と振り向くとソレはおらず、K田が倒れていたそうだ。
 二人が声をかけると、K田は薄ら笑みを浮かべたまま口を動かしていた。
 お経のように「アツメルシルシ」と意味不明な言葉を狂ったように呟いていた。

 救急車を待つ間、K田は呟き続けた。
 翌日退院したK田はすぐさま職場復帰した。
 特に病状はないとのことだったが、尋常ではない違和感があった。 
 以降、Aさん曰く「K田はまるで別人」になったという。
 坊さんのように穏やかで怒りは一切見せなくなった。
 現場を見ていない店長は単純に「大人になった」と喜んだがAさんと同僚は不気味ゆえに近づけなくなったという。
「狐憑きってあるじゃない……? 急におかしくなるやつ。あれの反対版って言っていいのかな?」
 性格が改善されたせいかわからないが、K田は都内の最も集客率の高い店舗に移動となった。以降のK田については知らないとAさんは仰った。
 
 教えて頂いたその店舗に先日、好奇心のまま訪問した。
 新人らしいバイトに接しているK田を本棚の裏から眺めると、あまりに自分の印象と違いすぎる穏やかさに目が眩みそうになった。
 試しに小泉八雲の本の位置を訪ねると、丁寧に教えてくれた。
 K田は私のことをすっかり忘れているようだった。


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