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ずっとずっと愛してる

 その年の秋は暖かだった。
 ほがらかな陽気の日が続く、まるで時間さえもゆっくり過ぎていくような秋だった。
 週末になれば公園を散歩してチョコを齧りあった。写真を撮って笑いあった。
 弥太郎さんが一生忘れることのない秋だ。

 公園で遊んだ二週間後、彼女が交通事故に巻き込また。乗り上げたタイヤは彼女の顔を轢き潰し、ブラウスを真っ赤に染めた。
 そしてそのまま放置された。
 弥太郎さん曰く「まだ幸いだった」、彼女は即死だった。苦しみと絶望が少しでもなかったことを祈ってるという。
 逃げた車はいまだ捕まっていない。

 葬儀が済んでからも、弥太郎さんの頭には同じ言葉がぐるぐると回っていた。
 ――早く死んでしまおう。あの子を迎えにいってあげよう。
 ――俺だけが生きているなんて、不公平じゃないか。
 ――申し訳ないと思うなら、どうしてあの子のために死んであげないのか。

 ただ生きていることに、大岩をかついでるいような罪悪感があった。
 長くはもたなかった。
 弥太郎さんは冬、押しつぶされた。

 死んで彼女に会おう。
 彼女と出遭ったスキー場で、終止符をうとう。
 それは決定事項だった。
 N県のスキー場に辿りつくまでの記憶は曖昧だった。
 後に職場の人間に聞いたところ、支障なく仕事は回し挨拶もきちんと返していたそうだ。
 きっとホテルの予約もナイタースキーのチケットもそつなく準備したのだろう。バッグの中にはロープ・処方された睡眠薬・ナイフ。思いつくものすべて詰め込んであった。
 夜まで弥太郎さんはホテルで待った。
 暗闇のなか、バッグを片腕にスキー場に向かう。

 リフトで上までのぼり、コースから外れた。
 スキー客からは見つからないような大きな木の陰で止まると、「ここで首吊りだな」冷静に弥太郎さんは決めたそうだ。
 薬をウィスキーで流し込んだ。
「死ぬ前にもう一度だけ顔を見たかった。そう考えたかは定かじゃないけど、たぶんそんなことを考えていたと思う」
 睡眠薬の全身が麻痺するような感覚が訪れるまで、弥太郎さんは大樹を眺めていた。
 枝の隙間から差すライトに人影が浮かびあがった。
「うん?」
 女が、立っていた。
 ――あ。
 顔の上半分が地面に落ちた熟柿のように潰れており、鼻の下には乾いた吐瀉物がへばりついている。
 ズタボロに破れたシャツからは土色の乳房が覗いて見えた。
 肌にはタイヤ痕が残されていた。
 ――……みーちゃん?
 シャツに見覚えがあった。
 弥太郎さんの唖然とした声に、女は皮膚が千切れすぎて歯茎が露出する口を開けた。
 かちかち、まだらに抜けている歯が鳴った。
「気づけば抱きついていました。確信はありませんでしたけれど……」
 彼女でなくても良かった。
 もう限界だった。
 弥太郎さんはしばらく大声で泣いた。みーちゃんみーちゃんと名前を読んで、それからごめんごめんと繰り返し謝った。助けられなくてごめん。最後に会えなくてごめん。守ってあげられなくてごめん。本当は僕が代わりたかったのにのに、それができなくて、ずっと僕は辛かった。ごめん。ごめん。ごめん。
 泣きながらうずくまる弥太郎さんに覆いかぶさるように、女は抱きしめかえしてくれたという。
 感触がなくなり、女の姿は透けるように消えていった。
 その場に残った魚類の腐敗したような匂いを、弥太郎さんは肺の奥まで吸い込んだ。
 そして多幸感に包まれながら気を失ったという。

「その後はスキー場のスタッフに起こされまして。今もこうして生きているわけです。あのまま死んでいても僕は良かったのです。だけど、スキーウェアに、擦りつけたような血がついてあって、あぁ、あれは夢じゃないんだって思うと、生きなきゃって、そう思えて」
 弥太郎さんの嗚咽まじりの説明を聞きながら、私は慰めの言葉をかけるしかできなかった。
「話すことがお辛いようでしたら」
「いえ」
 弥太郎さんは真っ赤な瞳をあげる。頬を乱暴に拭う。
「泣きながら思い出すことは、苦痛だけど幸せでもあります。僕がいれば彼女だってここにいるんです」
 とんとんと胸をたたく弥太郎さんを見て、私は滲んでくる視界をとめられなかった。


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コメント
非公開コメント

よし!こうしよう
弥太郎→タカシ
潰れた頭←焼けた頭に変更

2014-03-09 10:05 │ from 名無しURL

私も夫が亡くなったら、同じことをすると思う。

2016-01-15 23:46 │ from 名無しURL

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