怖い話 - 人から聞いた怖い話-実話恐怖話コレクション- ホーム » 怖い話 » 厠

 桂川さんはその時、会社の帰りで運転をしていた。
 差し迫った状況だった。
「あの……あたし、とっても便秘がひどいの」
 詳細は省くが、四日ぶりの大物が腹部を圧迫し、脂汗を垂らしながら彼女は厠を探していた。
 汚いところは嫌だ。
 コンビニのトイレも落ち着かない。
 パチンコ屋に女一人で入ることも抵抗がある。
 便意を宥めながら、もうすこし行けばイオン系のショッピングモールがあったはずだと思い出す。

 車を停め、駐車場から一番近いトイレに入る。個室が三つある広々と清潔なトイレだった。
 一息ついていると、女子高生と思わしき二人組みが入ってきたそうだ。
 ガヤガヤと場をわきまえない大声で喋りあっている。
 二人組みは桂川さんを挟む形で個室に入った。
 かつての自分を思い出し懐かしみたいが、そんな余裕はそのタイミングでの桂川さんにはなかった。
 左右で飛び交うクラスの男子の話や教師への愚痴を、桂川さんは聞くともなく聞いていた。
「でさ、モジャゴリがさ~」
「うんうんうん。あいつあれで奥さん若いんだって」
 ウケるぇ。キモくね? ヤバイっしょ。
 桂川さんはなんとなく居心地が悪く、はやく用を足し終えようとお腹に力をこめた。
「でさ、モジャゴリって後頭部はカッパじゃな……え? なにこれ、ちょっとちょっとちょっと」
「え、どうしたの?」
「え、いや、え、え? ダメダメダメだってぇ」
 逼迫した物言いに桂川さんは反射的に足を上げた。
「虫だと思ったの。蛾とかゴキブリとか」
 必死に床に目を凝らす。だがあの黒々とテカる虫はこない。
「サヤカどうしたの?」
「……」
 少女からの返答はなかった。
「サヤカってば!」
 桂川さんも他人ながら「どうしたのよサヤカちゃん返事してよ」と願ったそうだ。
 サヤカと呼ばれる少女の個室で、無言で水が流れた。そしてゆっくりと、静かにドアが開かれた。
 桂川さんの隣の個室にこっそりとノックされる。
「キョウコ、はやくでて。つぎたぶんそっち。ニジちゃんがしたからみてくる」
「えぇ……なんなのよ……」
 不満そうだったが案外素直に隣の少女は言うことを聞き、二人はトイレから出て行った。入ってきた時と正反対の静けさだった。不穏な静けさだった。
 出て行く際の「私のせいじゃないのに……」と残された言葉が桂川さんは気になって仕方なかったという。

 桂川さんは結局ろくに用も足せず個室を出た。
 あまりに気をとられたせいだった。
 なんなのよ……と舌打ちをしながら手を洗う。
 鏡に、開け放たれた個室が見えた。叫んでいた女の子の方の個室に。
 女がいた。
 茶色い体操着を着た女がさかさまに、ゆらゆらと揺れていた。
 まるで湖底の水草のようだった。半そでから飛び出た、深緑色の両腕と両足を宙に投げ、風もないのに揺れていた。
 便器にむかって垂れる長い髪は顔を覆いつくしていたという。

 桂川さんに顔を覗き込む勇気はなかった。
 たぶん私にだってそんな度胸はない。


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コメント
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No title

一番近い個室に入ったのに挟まれたのが怖いところかと思ったら違ったでござる

2014-04-28 12:03 │ from 名無しURL

その女の子達はイジメで人殺したことあるってこと?

2015-09-29 09:13 │ from 名無しURL

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