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寝坊

 綾瀬さんが新人OLだった頃だ。
 前日の長電話がたたったのか、目覚ましに気づけず寝坊した。
 時計を確認すると顔面から血が引いていく。
 どう急いでも十分は遅刻する。
 普段一時間かかる支度をそこそこにアパートを飛び出た。
(自分は絶対にこんなことないと思ってたのに!)
 今だったら会社に電話して謝ればいいだけなんど……、と綾瀬さんは言う。
 この時はパニックに陥っていた。
 会社に電話することは思いつかない。
 いかに早い経路で会社に辿り着くか、それしか頭になかった。
 電車に駆け込むと、ドアの前に陣取る。
(この位置だったら、階段がすぐだ)
 頭の中でダッシュする経路を考える。駅に着いたらタクシーをまず捕まえなくちゃ。上司になんと言い訳するか考える。腹痛がベターか。それとも生理ということにしようか。あぁもういっそ事故が起きて電車の遅延が発生すればいい! とも考えた。
 後から考えれば、その車両はやけに空いていたという。
 だがそんなことはパニックになった頭では思いもよらない。

 最初は押される感触だった。
 邪魔になっているのかと重いドアギリギリに身体を寄せ付ける。
(え?)
 押されているのでなかった。
 背中のバッグがつねられていた。
 まるで柔道の襟を取りにくるように力が込められている。
(痴漢? スリ?)
 綾瀬さんは恐怖で固まる。
 目前の車内ドアを震えながら睨むしかなかった。
 電車が地下鉄へと接続し、車内が一転暗くなる。 
 背後が窓に反射した。
(学生?)
 目にかかるくらいの髪、黒ブチメガネ、斜めがけのショルダーバッグ。
 イヤホンで音楽聴きながら頭を上下に振っている。
(ナニしてんの?)
 視線を下げる。
 男は音楽のリズムにあわせて、手にしたものでハムを刺している。
 三角形の形のなにかは反射しているところから割れたガラスだとわかった。
 男の手のひらは黒い液体でべっとり濡れている。
 綾瀬さんは固まった。
 視線をめぐらすと、その車両は綾瀬さんと男を中心として円のように空いていた。
 男がするイヤホンからの音漏れが耳をつく。
 マツケンサンバだった。
<叩けボンゴ、響けサンバ>
 男が手にするハムはすでにさけるチーズのようになっている。
 離れなくちゃ、綾瀬さんは考える。タイミングはどうしよう? だが見透かされたのか、逃がさないように背後の男は距離を近づける。
「OLを刺してみた結果~ダブリュダブリュダブリュ」
「引きずりだすの楽しすぎワロタ、ダブリュダブリュダブリュ」
「血みどろだけどしつもんある、ダブリュダブリュダブリュ」
 興奮が抑えられないのか、ところどころ声がでかくなっている。
 電車のアナウンスが次の駅の到着を知らせる頃には脂汗でびっしょりになっていたそうだ。
「あーもう着いちゃうじゃん。さっくり終わらせますか」
 ドアに男が振りかぶるところが反射する。
 光が落ちた。
「いけね」
 鋭利なガラスは床に落ち、こなごなに割れた。
「あーあ」
 電車が到着し、男はあっさり降りていっていった。
 男の血痕が残された床に、綾瀬さんはへたりこんだという。

 その後、綾瀬さんは駅員事務所にゆっくりと辿り着くと気を失ったそうだ。
 結局その日は会社に辿りつくことはなかった。
「遅刻は咎められなかったけど、もうあんな目に遭うのはこりごり」
 以降から現在まで七年間、欠勤はあるものの遅刻は一度もないそうだ。


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コメント
非公開コメント

>あぁもういっそ事故が起きて電車の遅延が発生すればいい!

この人、事故に遭うのは“自分以外”で自分は何時だって第三者と思っているんでしょうね。

他人の不幸で自分の失敗をチャラになるよう願うのは胸くそ悪い。理由は自分の体調不良にしよう、で考えを止められないのが残念です。

2016-05-15 14:26 │ from 名無しURL

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