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世間知らず

 富塚さんは四十三歳の通販会社勤務。
 以前から重い肩こりに悩まされている富塚さんはマッサージに行くことを思い立ったそうだ。
 繁忙期を終え、仕事の鬱憤が溜まっていた彼はどこかに吐き出したかったという。
 そこで思いついたのが、マッサージはマッサージだが回春エステ。
 いわゆる「エロいサービス有りのマッサージ」だ。
 どの店に行けば良いのか知らなかった富塚さんはまずは情報を集めた。富塚さんはインターネット掲示板に寄せられた情報を漁りに漁った。
 「エロいいやらしいお店」に詳しくない富塚さんの幻想は風船のように膨らんでいく。
 時間をかけ、一つの情報を探し当てた。
 そこは周知されている店ではない。だが一人があげているレポートは海千山千の玄人たちが明らかに食いついていた。モニターから感じる掲示板の雰囲気は本物だった。
 富塚さんの脳裏に桃色の言葉たちがめぐる。
 ――ホームページは見つからないが、それもよくあることだろう。むしろホームページをつくることなんて、繁盛していない証拠だ。なぜならネットから客を引っ張らなければ客がいないということだ。
 ――怪しくもあるが、むしろ知る人ぞ知る寿司屋のようなものだ。中には極上のネタが待っている。
 ――あるいは新規オープンかもしれない。であれば、素人みたいな女の子もいるかもしれない。
 ――若い子もいるかもしれない。

 富塚さんの腹は決まった。

 体験レポートには最寄り駅と電話番号だけがのっていた。
「予約必須ということでしょうか」
 私の質問に富塚さんは小さく口角をあげた。
「警察に踏み込まれないように、場所は明かさないんだよ。電話しながら警察か探りいれて、OKだったら店舗の場所を案内するんだよ」

 都内某駅の喫煙所に着くと、富塚さんは電話をかけた。
「……アイ」
「あ、すいません。そちら○○○エステですか?」
「……ム」
「これからって空いていますか。最寄の駅に着いたんですけど」
「アア、ハイ。ダイジョブオッケーデス」
 電話口の中年女性は明らかに片言だった。
「イマカラ?」
「はい」
「ジャ、コレカラいうバショむかってください。ミギのコンビニノ……」
 案内に従い冨塚さんは足を動かした。
 どこかのタイミングで名前を聞かれたので用意しておいた『富田』という偽名を答えたという。
 駅から十分ほど歩かされた住宅街のマンション、その一室がエステ店だった。
 途中から富塚さんも訝しく感じ始めた。
 しかしいざドアを開けると、予想していた以上にエステ店らしかったという。
 オレンジの間接照明に、アロマの匂い。木目調の家具に植物の緑が映えている。
 念のため料金を確認しても小遣いから出せる金額だ。
(これは本当に当たりをひいたのかもしれないな)
 ただシステムの説明を聞くうちに、施術はこの一室で行う訳ではないようだった。
 あくまでこの部屋は受付で、隣のマンションに向かわなければいけないらしい。
 面倒に感じたが、その部屋では女性と二人きりになれると聞くと富塚さんは俄然興奮した。胸を躍らせながら移動した。
 隣のマンションの部屋のドアノブを握るとすんなりと回った。
(なるほど。電話が店からあったんだな。鍵をあけて待っていたんだ)
 富塚さんがゆっくりとドアを開けると、八畳程度のワンルームの床に、色黒いアジア系の女性が寝転んでいた。
「たぶんお店から連絡あったと思うんだけど、富田です」
「ア、ハイハイ。キイテます。アガッテください」
 マットの上に座るよう促されると、女はハーブティーを差し出してくれた。
「寝転べばいいのかな」
「ソノママだとキタナイネ。ナニカンガエテル。キガエル」
 純朴そうな見た目と裏腹に女の言葉はきつかった。
 片言だから仕方がないと自分を納得させるが、用意された着替えは黴臭い。
 徐々に気分が萎えてくる。
 しかし、
「ヌガシタゲヨッカ?」
 ふいにかけられた女の声が甘く、再び富塚さんの気分は高揚する。よく見れば女の顔は、色黒であることを除けば朝ドラに出演する若手女優に似ている。富塚さんはその女優が好きだった。
 素直に着替えマットに横になると、うつ伏せになるよう指示された。
 背中の凝りを確認されながら冨塚さんはいよいよだと、鼻息が荒くなってくる。
「ココと、ココ。カタスギ。コリスギ」
 女はぐっと力を入れて揉み始める。予想していたよりマッサージは気持ち良かったが、心を占める色味は真っピンクだ。今か今と待っている。肩を揉むため跨った女の尻の感触が、腰から下半身に伝わっていく。
「コリはビョーキのモトデス。モチョットハードモードやる」
 ここまでくると本格的なマッサージはどうでもいいが、彼女の機嫌を損ねるようなこともしたくない。
 言われるがまま、やや痛いマッサージを我慢する。
「チョイイカー」
 右腕がとられ、背に回された。
 肩を背中の方に曲げ、拳を腰の上に乗せる格好だ。
 上腕に女は膝を置いた。
「ヨイショ」
 掛け声とともに、気の遠くなるような激痛が肩を襲った。正確には肩の付け根。反射的に振り回そうとしたが、腕の感覚がなかった。
 一瞬の冷たさの後に、じんじんとくる不愉快な熱さ。
「あぅぎゃっひゃ」
 富塚さんは我も忘れて叫んだ。
 涙を浮かべながら振り向くと、女は笑っていた。全てが勘違いだと信じたかった。
「おい、ねぇ、これ痛すぎない?」
 肩の痛みは、あくまでも施術の過程であり、こちらにはわからないなにかテクニックを使えば消えさると信じたかった。
 これほどの痛みがあるならばさぞ凝りは軽くなるだろうと信じたかった。
「ツイデコレ」
 乾いた枝を折るような音が鼓膜に響いた。
「だから……」
 プラーンと右肘の先から振れていた。
 富塚さんは叫んだ。
 脂汗が噴き出す。頭だけが血の気がひいたのか、氷のように冷たい。
「ウルサイデスネ」
 振り向こうとしても無理な体勢だった。 
 腰に重みを感じた。広げた両手に、女の全体重がかかっているようだった。
 これから何が起きるか想像もつかなかった。いやこれ以上のことが起きることを想像したくなかった。
 まるで食器が手からすべり落ちたときの、一瞬の恐怖と諦め。または椅子から転げ落ちるときの、恐怖と痛みへの覚悟。それらに似ていたという。
 女の短い鼻息の後、衝撃が富塚さんの全身を貫いた。
 ドュゴリッ。
 富塚さんの腰に、熱したアイロンを押し付けられたような激痛が走った。
 うつ伏せの姿勢のまま呻いた。顔面は痛みと涙でぐしゃぐしゃだった、四十を過ぎて初めての涙だった。
 女はさらに二度三度、体重をかける。その度に抉られるような痛みが襲う。
「コツバン、これでオカシクナタヨ」
「ああああぁぁぁ……」
 富塚さんの口から絶望的な悲鳴が漏れた。
 女は膝の真裏をまさぐる。まるで機械の調子を直すかのような触り方で、リンパがあるツボを的確に見つけた。
「なに、なんなんですか、やめ」
 雑巾を口に突っ込まれた。
 理由はすぐにわかった。次の瞬間にやってくる絶叫のボリュームを抑えるためだった。
 膝裏をライターのような硬いものが触れ、骨を潰すかのように押し込まれた。
「ぐぎぎぎぎっ」
 目の前で火花が散った。
 膝から先に、長時間正座したあとのような、凝縮した痺れがのしかかった。
 意識を失う前、女の口笛を聴いたような気がした。

 目が覚めると外は暗くなり、女はいなかった。
 訳がわからなかった。激痛は少しも軽くなっていなかった。
 とにかく助けを呼ばなくては。
 朦朧とした意識で携帯を探すが、ズボンのポケットの中だったことを思い出す。
(服は籠に入れておいたはず……)
 籠自体はすぐに見つかった。2メートルほど離れた部屋の隅だ。
 しかし立つことはできない。
 選択肢は一つだ。
 富塚さんは匍匐前進を試みた。
 右腕を前にだす。右腕の力で身体を引っ張り、左腕を前に出す。ほんのわずか進むだけでも、精神を蝕むような激痛が全身を襲う。
 床がいやにすべると思ったら富塚さん自身の脂汗だったという。
(あった)
 最後の力を振り絞り、籠の蓋をとると、だが空っぽだった。
 富塚さんの心は折れた。
 二度目の気絶はあっという間だった。

 気づけば病院だったという。警察の話によれば、マンション前に捨てられていたそうだ。
 無論財布も携帯も消えていた。洋服さえ戻ってこなかった。
 残っているのは脱臼、打撲と重い骨折、椎間板の損傷だった。

 ただ幸いなことに致命的な後遺症は残らなかった。
 腰にコルセットは外せなくなったが。事件から三ヶ月経つというがまだ外れていない。
 仕事も休職したままだ。
「警察の話だとマンションはもぬけの殻だったって。どうかな、俺は信用していない。あいつらが真剣に捜査したなんて思ってない。どうせだらだら適当にやったんだ。だってさぁ、俺はこんなに酷い目に遭って、なんでそれで誰も制裁をされないんだよ。不公平だろ。俺は真面目に仕事してたんだ。税金だって払っているんだ。どうして俺だけがこんな目に遭うんだ。警察は死ぬ気で捜査するべきなんだ。警察が俺になんて言ったと思う?」
 私は首を振った。
「『あのマンション、アレな奴らがいっぱいって、この辺じゃ誰でも知ってるよ』だってさ。なんだよそれ。ふざけてるふざけてるふざけてる……」
 そこまで話すと富塚さんは、もういい、と両手で顔を覆った。


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コメント
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コノハナシ オモシロイネ チョーウケルヨ

2014-06-27 14:19 │ from 名無しURL

バカナオトコ(ワラ)

2015-02-13 12:43 │ from △△URL

No title

もう怖い話と言うより良く出来たショートショートですね。
面白かった。

2015-12-16 18:04 │ from 名無しURL

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