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職安通りのビルから渋谷のネイルサロン

 アンナは昼は渋谷のネイルサロン、夜は新宿歌舞伎町のキャバクラで働いている。
 どうしてそんなに働くの? と私が尋ねると、
「そんなにエネルギー使ってないからかなぁ、あたしはだけど。キャバなんて座って喋ってればいいだけだもん」
 高校時代のハードな部活(彼女は強豪のテニス部に所属していた)に比べれば、まったく大したことがないという。
「お金もはあればあるだけ使っちゃうから、あんまり意味はないんだけどね」
 と彼女は笑う。

 ただ稀にひどく疲れることがあるそうだ。
「だいたい嫌な客に当たったときね。くっだらない自慢話を延々ループで聞かされた後、そんな時はもう家に帰るのも億劫になっちゃう」
 そういう時には同じキャバクラで働く同僚のマンションに泊めてもらうのだという。
「昼の仕事はどうせ制服だから同じ服で行っても構わないし。化粧品の類はその子の部屋に置かせてもらってるし」
 同僚の女の子は、職安通りのコンビニ隣にあるビルに住んでいた。
「その日はケチな上に脂っこいオッサンの相手して、もうだるくてだるくて」
 自宅の笹塚まで帰る気力は残っていなかった。
「だから泊めてもらおうとお願いすると、その子の顔が曇ったのね。どうしたんだろう、彼氏でも来てるのかなぁって思って。だから『あ、いいのあたし、そういうの気にしないから。アレだったら三人で雑魚寝してもいいし』って言ったの。そうしたらその子は首を振って」
 違うの、と事情を説明してくれた。
 同僚が夕方、歌舞伎町に出勤するタイミングでそのビルから飛び降り自殺があったのだという。
 もちろん他人だ。若い女だった。
 同僚がエントランスを出る際に、遺体は完全には回収されていなかった。
「その子はね、バッチリ脳みそ出てるとこ見ちゃったんだって」
 だから今日はちょっと良くないかもしれない。なんとなく。とアンナは説明されたそうだ。
「別にいんじゃね? ってあたしは気にしなくて。脳みそでてる奴がウロウロしてるんだったらヤバいけど、死んでるんだから。どうでもいいっしょ。そんな感じで説得したの」
 じゃあ、まぁいいかと話はまとまり、二人はマンションに向かった。
 アンナが着いた頃には事件の跡はすっかり片付けられていたそうだ。
 陽が昇る前には二人は床についた。

 アンナが起きると同僚はすでに仕事に出ていた。
「あたしはその日遅番だったからお昼近くまで寝させてもらってたの。泊めてもらったお礼に洗い物と掃除してあげて、それから出た」
 昨晩同僚に教えてもらった、墜落現場には花が添えてあった。百合とか白菊とかそのへんの白い花だ。
 眠気は少しあった。
 明け方まで働いていたおかげで睡眠時間は五時間ほどだ。
 だがそれも毎週続けていれば馴れるそうだ。
 人間はそれくらいでは死なないから、とアンナは笑う。生来怠け者の私には到底できそうにない。
 ネイルサロンに着くと、どうにも入り口のあたりが暗かった。
 照明が切れかけているのかなとアンナは思いつつ、しかし面倒だったので放っておいた。

 受付に座り、雑多な事務にこなしているとアンナはやはり部屋が暗いと思う。
 書類を見るのにかなりの距離に近づけるほどだ。
「なんか変な感じしない?」
 同僚に尋ねても首を振られてるばかりだった。
「だから、あぁもしかして……ってピンときたの。あたしのお姉ちゃん視える人だったから……」
 彼女はぐるりと店内を見回す。狭い店なのでそれで充分だった。
 やっぱり。アンナは目を見開く。
「連れてきちゃったの」
 入り口に長髪の女が立っていた。
 まず習慣で爪を見る。爪は剥がれていた。
 全体を見る。
 見間違うことのない歪さだった。
 まるでバラバラになった腕と足を長袖のワンピースに無理やり縫いあわせたような歪さだった。腕の角度も膝の角度も、常人ではありえなかった。
 特に顔は顕著だった。
 左頬が陥没し、デコのあたりは野球ボールのように膨らんでいる。クズ肉を寄せ集めたものにカツラをかぶせたような代物だったという。
 アンナはそっと受付を立ち、トイレの窓から店を出た。
 店には戻らず、電話で仕事を辞めるとだけ告げた。
「無責任だって? けど、誰かお客さんが入店してきたら、あの女も一緒にお店に入ってくる! って思ったら、他にどうしようもなくて。あたしのこういう勘って外れないの。嫌だもん、死人のネイルなんて」
 幸いなことに自分のアパートまでには着いてこなかったという。
 以後、その渋谷のネイルサロンには近づいていない。
「下手したらまだあそこで突っ立ってるかも」
 とアンナはケラケラと笑う。

「けどなんであたしに着いてきちゃったんだろう、ねぇ?」
 私は少し考えるフリをしてから首を振った。たぶん何にも考えてないで生きていそうな姿が恨めしく思ったんじゃないかな、なんて言葉は黙っておいた。


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