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F県のトンネルで体験した話

 現在三十一歳である、某メーカー経理に勤める綾さんからお聞きした話。


 当時付き合っていた二歳年上の彼と、地元で有名な心霊スポットに行こうという話になったんです。
 彼は同じサークルの先輩でとても優しい人でした。どっちから告白したんだっけなぁ……何回かデートしている内に付き合っていました。たぶんこの時の彼が今まで一番優しかったです。サプライズでディズニー連れていってくれたりとか、まだ昨日のように覚えています。
 どうしてそんな場所に行こうって話になったんだろう。
 たぶん彼が言いだしっぺで、私もお金がないタイミングだったので、じゃあいいよって。肝試しはお金がかかりませんからね。
 彼の車でトンネルに向かっていると折り悪く雨も降り始めました。地面を激しく叩きつけるような雨です。
 どうしよっか。私は一応聞いたのですが彼は「まぁトンネル近くに車止めれば濡れないでしょ」と平気そうでした。
 今考えればこの時に引き返しておくべきだったのです。

 そのトンネルは現在使用されていないので灯りなんてものはありません。
 外の光がわずかに入ってくるだけで、真っ暗です。
 彼が大きめの懐中電灯を持ってきてくれたおかげでなんとか歩くことができました。
「けっこう迫力あるなぁ」
 とあちこちをライトで照らす彼のあとを必死に追いかけます。
 どこまで行くの? と聞く私に彼は「一番奥まで。余裕、余裕」と笑いながら言いました。
 後から考えれば、きっと見栄を張っていたのでしょう。男らしく見せたいと思っていたのでしょう。馬鹿馬鹿しいですよね。けれど大学生なんてそんなものですもの。
 そしてその時の私はそんな彼を頼もしいと感じました。この人と一緒なら絶対に大丈夫だ。怖がることなんて何もないのだと。若かったのです。
 トンネル内には二人だけでした。
 私たちがたてる音はわぁんわぁんと響いたあと、暗闇に吸い込まれていくようにも思えました。
 カビの匂いが私たちを迎えます。
 水溜りを避けて進んでいくと暗さは増していきました。
 もし昼前に訪れたとしても変わらないだろうなぁとわかる闇の深さでした。
 ライトに照らされる壁には水漏れのせいか、あちこちにシミができています。人の横顔のようにも見えるシミ、笑顔にも苦悶しているようにも見えるシミ……。夏だというのに肌寒さを感じたことを覚えています。
 この先に何かあると、私はうすうす気づいていました。いえ霊感なんてものはありません。三十一年間生きていて不思議な体験はこの時だけです。けれどそう……たとえば試験の結果が返ってくる直前に感じる手応え、のようなものなのかな。今回は満点だろうな、今回は最悪に違いない、そんな感じが一番近かったです。
「げぇ」
 突如彼が潰された蛙のような音を漏らしました。
 視線の先を辿ると、切り裂かれたカーテンが床に。
 その上に、髪の毛が大量に落ちていました。
 ライトに煌々と照らされたそれはまるで甲虫の群れのようでした。
「なんだろうな、これ」
 私は首を振りました。
 誰がいつ何の目的でやったのか、わかるわけがありません。
 わかることはこれがただのイタズラではないこと。なぜならよく観察すると、山ほどの髪の毛は全て玉結びでしっかりと繋がれていたのです。狂気の残滓を感じないわけにはいきませんでした。
 私は悲鳴の代わりに長いため息を吐きました。
 いえ。決して度胸があったわけではありません。悲鳴をだすことによって、何か良くないものを呼び込んでしまうんじゃないかと思ったのです。恐怖を数値で測れたら、それはもう見たことのない数値になっていたと思います。

 すでに当初の目的であった『肝試し』は果たされました。
 私は彼の腕にすがらないとまっすぐ歩くこともできそうにありませんでした。
 もうそろそろ戻ろう、最後まで見なくても充分に堪能したよ。
 後ろから声をかけてから気づきました。
 彼が不自然に黙っていることに。
「なぁ、聞こえない?」
 振り返る彼に、私は反射的に答えていました。
「なにが?」
「俺の背中の方から」
 そして、かすかに、聞こえたのです!
 わずかなわずかなうめき声が!
 名状しがたい、地の底からやってくるかのような声でした。
 彼の背中は震えていました。気づけなかっただけでたぶん私も震えていたでしょう。
 例え暗闇が広がるばかりだとしても見ることなんて、できるわけがありません。
「出よう」
 言葉少なく言う彼の表情は徹夜明けみたいに真っ青になっていました。
 もしうめき声のもとがただの人間だったら。一瞬頭をかすめましたがそんなハズがないとすぐに打ち消します。
 彼もその可能性には触れず、二人とも足早に来た道を戻りました。

 不思議なものでこういった時は行きよりも帰りの方が時間が長く感じるのですね。
 お互いに無言でした。
 頭によぎるのは不気味な髪の毛に、不気味なうめき声。
 どうして彼は肝試しなんてロクでもないことを提案したんだろう、女性に対する配慮やデリカシーや神経が欠けているんじゃないか、理不尽かもしれませんが怒りさえ湧いていました。
「ごめんね、こんなとこ連れてきて」
 苛立ちが止まらない私は彼を無視しました。
「怒ってる? 怒ってるよね?」
「帰りにコンビニで甘いの買っていこう、ね?」
 全て、無視しました。
 今ではこのことをずっと悔んでいます。
「そうだ、次の日曜……」
 ドサッ。
 重量感のある落下の衝撃音がありました。
 例えるなら天井から人が地面に落ちたような音でした。
 私はぐっと我慢しましたが、彼は反射的にライトで照らしながら、振り向きました。

 今でも覚えていますが、この時の感情は恐怖よりも「あぁやっぱり」といった諦めに似たものでした。遠足の当日の雨、運動会の日の風邪、デートの日の災厄。

「ねぇ、止まらないで。早く出よ」
 私がそう声をかけても、彼は動きません。
「どうしたの、ねぇ、シカトして悪かったてば。ちょっともう、私ここにこれ以上いられない。嫌なの。無理だから。早く、早く」
「ごめん」
 なぜか彼は謝りました。
 そして懐中電灯を私の後ろへと向けます。
「ごめん。ごめん。俺一人じゃ抱えきれない。ごめん。綾ごめん。後ろ見て」
 振り向かなければ良かったのです。
「え?」
 突然です。
 女です。
 なんというか、文字通り腐った女です。
 見開いた目は、焼いた魚のように小さな瞳孔。
 唇が損傷して剥きだしになった歯茎は腐った生ゴミのように真っ黒でした。
 首元が生者にはありえない紫色の腫れを宿していました。
 漂う悪臭は、覚えています、冷し中華を炎天下に一週間放置したような匂いです。鼻が曲がって二度と元に戻らないような気さえします。
「え?」
 人間は不思議です。
 本当に本当に驚いた時、確かに一瞬は固まるのですが、次の瞬間には肉食獣のように身動きができるのです。たぶん理性という枷が一時的に外れるのでしょう、本能が最も前面に表出するのです。
 私は駆け出していました。
 彼のことなんて頭にありません。例えその時隣にいた人間が家族だったとしても私は走りだしていたでしょう。理性的な判断なんてものは危険極まりないとき障害でしかありません。
 この時ほど早く走れたことはありません。
 気づけばトンネルの入り口でした。
 二度つまづき転んだせいで足から血が流れていました。
 雨はあがっていました。

 彼の車の前で二時間待っていましたが、結局姿は見えませんでした。私は二度とトンネルに戻るつもりは――いえ正直に言えばそんな気力はなかったので――迷った末国道まで歩き、通りがかった車にピックアップしてもらい帰宅しました。
 翌日以降の話ですか?
 彼に連絡がとれたのは二日後でした。
 いえ。貴方からお聞きしたお話のような、廃人のようになったとか、一切喋らなくなったとか、ましてや行方不明になったとか、そういったことはありません。
 彼は無事でした。
 ただ何度聞いても、私が走り去ってから何が起きたか、何が起きなかったか、それは教えてくれませんでした。
 そして二人の間にあった親密な空気が一切無くなっていることに、お互いに気づくこととなりました。
「ねぇ、私のこと好きだよね?」
 つい、聞いてしまいました。
 聞くべきではなかったのですが。 
「わからない」
 と彼は言いました。電話先で首を振る彼がやすやすと想像できて笑いそうになりました。
「どうして?」
 ツーツー。 
 電話は切れ、それが彼との最後の会話になりました。二度と大学にも姿を現しませんでした。中退したかどうかも私にもわかりません。

 以上が、私の話になります。
 なにかピンとこない、そんな顔をしていますね。
 けれどお言葉ですがそれは当然でしょう。誰しもが貴方を楽しませる為に怖い思いをしている訳ではありませんから。

 彼女は苛立ちを隠さない表情で、そう言った。


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コメント
非公開コメント

夏休みの宿題をここで披露するなよ…

2014-12-31 06:21 │ from はなはじめURL

腐った女性に別れさせられたのかな。
彼の安否も気になるし
程よい後味の悪さ

2016-03-31 22:59 │ from みのURL

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