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ぶぅん、ぶぅうん

 鈴沼がかつて住んでいたアパートの裏手には雑木林があった。
「大学が東京の郊外にあったから、近場でいいやってそこにしたんです。それにすごく安かったから仕送りを他のことに使えるなって」
 引越し当日、荷物の整理にひと段落をつけると腰をあげた。
「うちの親、礼儀に厳しいから絶対に挨拶しとけって言われたんです」
 小さいアパートだったので鈴沼の部屋がある二階には隣一室しかなかった。
 贈答品のタオルを片手に隣室をノックすると、老婆がのっそり現れた。
 カラフルな老婆だった。
 髪は紫、着る服はスノボウェアのように蛍光色、口を開ければ金歯がのぞいた。
 老婆は鈴沼の引越しに大した興味もないようで、こくりと頷きタオルをひったくるように掴み室内に引っ込んでいったという。
「乱暴なお婆ちゃんだなぁって思いましたけど、まぁやれゴミ捨てだの騒音に気をつけろだのあれこれウルサくされるよりはいいかって自分に言い聞かせて」
 そのまま接点ももたず日々の暮らしに馴染んでいったそうだ。

 満喫した大学生活もあっという間に夏になり、長期休みに入った。
 鈴沼は電車賃を惜しみ帰省はしなかった。
「部屋でだらだらしてればいいやって思ってたんです。だけど一日中クーラー動かしてたせいか、突然壊れちゃったんですよ」
 業者に電話したが、修理ができる日程は一週間後だと伝えられたそうだ。
「昼間なんて部屋にいられない温度ですからね。俺と同じように帰省しない暇してる奴の家でずっとダラダラしてて」
 太陽の陽射しが消えた夜に帰る。そんな毎日を続けていた。
 ……こんなことだったら帰省していればよかった。
 その晩も鈴沼は蒸し暑い部屋に帰るやいなや窓を全開にし、扇風機をつける。
「最初はえ? って思いました。虫の音がヤバイうるさかったんです」
 アパート裏手が雑木林ゆえ夜の蝉くらいは今までもあった。
 だが今夜は違う。
 ぶうん、ぶうんと虫の羽音が強烈に響いていた。
 一匹や二匹がたてる音ではなかった。
 網戸越しに眺めると、目視でわかるほど大きな昆虫が飛んでいく。カツンと、時折壁にぶつかる音も聞こえた。
「とても寝られるボリュームじゃなかったんですよね。かといって窓閉めて寝れるわけもないし……」
 翌日干していた洗濯物を取り込むと、カナブンとあしなが蜂が数匹張り付いていた。
(うわぁ……)
 それ以降、鈴沼は引っ越すまで洗濯物を室内でしか干せなくなった。
 おかしいと気づいたのは虫が続いた三日目。
 睡眠不足の苛立った気分で鈴沼は窓を開けた。
 昼間なら虫の羽音はまだ少ない。殺虫剤を撒き散らしながら原因を突き詰めようと思ったという。
(鼠の死骸でも転がっているのか、それとも誰かが生ゴミを捨て忘れて田舎に帰ったか)
 ベランダからぐるりと見回す。
(あ、これだ)
 手すりに身を乗り出すと、すぐに目に付いた。隣のベランダには空き缶があった。鯖缶、鯨大和煮缶詰、パイナップル缶詰。どれも蓋は開き、中に液体が詰まっていた。液体の中には無数の細かい虫がびっしりと。
 そして空き缶を中心とし虫の死骸が放射線状に広がっていた。
 足なが蜂、カナブン、ゴキブリ、蛾、てんとう虫、タマムシ、なにかよくわからない虫、スズメバチだと思われる巨大な蜂。ゴキブリだけはまだ生きているのか、足を蠢かす。
 鈴沼は絶句した。
(なんだよあれ……)
 こんなにも虫が集まった場面は生まれて初めてだった。なんともおぞましい光景だった。
 空き缶が、意図的に設置されたことは疑いがなかった。
 鈴沼くんが無意識に悲鳴をあげていたのか、手すりに身体を預けたときに音がたっていたのか、わからない。
 音に反応し、老婆はベランダに姿を現した。
「人様んちを覗くんじゃないよぉ」
 あ、すいません……反射的に鈴沼は頭を下げ、室内に引っ込んだ。
 だが、すぐに間違っていたと気づいたという。
(あのババァ、何してた)
 改めて考えるまでもなく、理不尽だった。
 子供のときの記憶が蘇る。
 カブトムシをつかまるため、寝る前に蜜を樹に塗っておいたこと。
 あの老婆もなんのためか、空き缶に蜜や砂糖水をつめわざと虫を呼び寄せているのだ。
 その考えに思い至ると頭に血が上った。
 なんて人に迷惑なことを。
 感情が抑えられぬまま隣室をノックした。
 顔を出す老婆に鈴沼は怒鳴ったという。
「なんのつもりだテメェ、嫌がらせしてんのかババァ!」
 違うんだよぉ、と老婆は紫の頭髪を揺らす。叱られる子供のような情けない声だったという。
 何が違うんだババァと詰め寄る鈴沼に、老婆は俯きながら説明した。
「だってぇ、虫がいると寂しくないんだもぉん」
 まるで子供のような甘え声と、理解できない言葉に、鈴沼の熱くなった頭は一瞬で冷えた。
「あのねぇ、虫さんがぁ、あたしのとこにきてくれるから、そうしたらこっちも、もてなさないとぉ駄目じゃぁない。寂しいのぉ、駄目じゃぁない」
(あ、これ言葉通じないな)
 そう判断した鈴沼はとにかく強く「空き缶をベランダに置かないでくれ」と伝えると自室に引っ込んだという。
「それでなんか、嫌ぁな気分になったんですよね。一応上京して一人暮らしして、大人な訳じゃないですか? なんで俺、お婆ちゃんにムカついて怒鳴ってんだろうって思って。あぁこれ一旦頭冷した方がいいなぁって思って」
 結局残りの夏休みを帰省にあてたという。
 大学が再開される少し前に戻ると、隣室は空き家だったそうだ。
「その時は何にも気にしなかったんです。あぁ自分の子供家族と一緒に暮らすことにしたのかなぁとか老人ホーム入ったんかなぁって思っただけで」
 鈴沼は二年そのアパートに住み、更新のタイミングで引っ越した。その間、隣には誰も引っ越してこなかった。
「引越しの日に大家のおじさんが挨拶にきたんですよ、まぁ都内っていっても田舎だから、そういう慣習でもあるのかなって思って、こっちもお世話になりましたって挨拶して。けど」
 大家は引っ越す鈴沼に突如謝罪を始めたという。
「ごめんなぁ、スマンなぁって。何すか? 何のことすか? って聞いたら……」
 隣室のお婆ちゃん、自殺しちゃって気味悪かったろう。あれから一年半も我慢させてスマンかったなぁ。
 中高年と思われる大家はひたすら頭を下げた。
「え? どういうことですか?」
 そう尋ねた鈴沼に、大家は驚いた顔をしてから説明してくれたという。
「ほんと俺知らなかったんですけど……まぁそりゃそうですよね。いちいちアパートの住人が自殺したって住民に触れ回るなんてことしませんもんね。あのお婆ちゃん、自殺してたんですよ。俺が帰省してるときに」
 大家から聞いた話はこうだった。
 老婆は鈴沼に怒られてから、ベランダに虫寄せのお手製空き缶を設置することを止めたようだった。
 だがその代わりに。
『ベランダに置かなければいい』
 と解釈したようだった。
 ベランダに置く代わりに老婆は部屋の窓を全開にし、室内のところどころに件の蜜入り空き缶を設置したそうだ。
 鈴沼が帰省して何日後か正確な日にちはわからなかったが、隣の老婆は無数の虫がたかる部屋で縊死したという。
 遺体は皮膚が露出しているあらゆる箇所が虫刺されで腫れあがっているところから、自死する直前までわざと虫にたかられたのではないか。そう大家から鈴沼は聞かされた。
「なんてもん聞かせるんだよ……そう思いながら引っ越して、二度とあのアパートに近づいてません。だって俺、その時はゲームのやりすぎかなって気にしてませんでしたけど、時折悪夢見てたんですよ。全身真っ赤に膨れて爛れた化け物が、部屋のドアからのっそり、のっそり入ってくる悪夢を」
 夢の中で、その化け物は『さびしいぃぃぃ』と叫ぶという。
「いつも不思議だったんですよ。化け物が絶叫するとき、口ん中からきらりと光るものがあって、なんだろうって思ってたんですけど」
 あれやっぱ、あのババアの口に詰まった金歯だったんですね。 

 引っ越してから鈴沼はその夢を見ることはなくなったという。以後引っ越し先を探す際は、高齢者のいないマンションを探すようになったそうだ。


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コメント
非公開コメント

何か切ない。

2015-11-10 13:10 │ from 名無しURL

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