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夜の蝶々

「ほら昔ってエーブイ見るのにも大変だったろう? 今じゃネットでポチーでガバーの、いい時代なったよなぁ」
 矢崎は以前とある街の裏ビデオショップ店員だった。
 いい時代なったよなぁと繰り返し、手元のスマートフォンでアダルト動画を再生した。
「ほらこれとかエロいよなぁ。これじゃあ裏ビデオ屋なんてもう成り立たない時代だわ」
 現在はごく普通の営業マンであるが、職を鞍替えした理由は自分の意思ではない。
「パクられちゃって……。ま、バックにコレもんもいたから早々に縁切れて良かったし」
 矢崎は人差し指で頬に斜め線を描いた。

 裏ビデオショップとは、説明するまでもないが、取り扱い商品はアダルトビデオである。ばっちり無修正であり一昔前にはモザイクに我慢がならなかった男たちから熱い支持を得ていた。そして言うまでもないが法律を犯している。
「あん時にエーブイ見すぎちゃったから、今じゃたたねぇたたねぇ。よっぽどリアルな違法もんじゃねぇと、ピクリとも反応しねぇよ」
 その後も昨今のアダルト動画事情に語り続けたので私は話を促した。
「あぁ怖い話ね怖い話ね。色んなヤベー目に遭ったけど、あれが一番キミ悪かったなぁ……」
 たまにさ、と矢崎は言う。
「店にビデオを直接持ち込んでくる馬鹿が来るんだよ。うちじゃそういうのやってないって言ってんのに『女とハメ撮りしたんで買ってください』とか『ウンコしてる映像撮ったんでホモに買い取ってもらえませんか』なんてのも来たわ。とんでもねぇ馬鹿がいっぱい来たよ」
 店舗自体は買い取りをしない。
 どこから足がつくか判らないからだ。
 例えばサ、女が気づいて男を訴えた日にゃこちらまでお縄が回ってくるだろう? と矢崎は言う。
「ただどっからか流れてくる映像があったんだよね。上から渡されてこれも売っとけって。もち詳しいことなんて聞かねーよ。答えなんて返ってこねぇし上から勘ぐられんのもヤだし」
 まぁドン引くようなエグめのが多かったけど……と矢崎は振り返る。
 明らかに法に触れている映像がいくつかあった。
 無論警察に届け出ることはできない。いや考えもつかない。
 一銭の得にもならない上にリスクがデカすぎる。
 矢崎はその日も渡された裏ビデオをバックヤードで再生した。
「ラブホの一室が映ってたから、あー流出モンねーって思って眺めてたんだよ。俺ァなにが興奮すんのかわかんねーけど、欲しがる客ってある程度数いんだよな」
 ふらっと男が部屋に入ってきた。
 どこにでもいるサラリーマンだった。
 鞄をサイドテーブルに丁寧に置くと、一旦ドアの方へ戻ったのかフレームから姿を消す。
 女をかついでいた。
(酔い潰れてんのか?) 
 矢崎は思ったがすぐに『事情』を察した。 
「ベッドに投げ出されたの見て確信したんだわ。酔い潰れた女だったら男がもっと丁寧なんだよ。下手したらゲロぶっかけられちまうからな。けど女の脱力加減見てたら、あぁって……」
 睡眠薬を男に盛られたのだ。
「たちの悪ぃ奴らがやるって思うだろ? そういったワケでもねぇんだよなぁ……。チャラくもねーパンピーにしか見えない奴こそ、青玉とか砕いて酒に混ぜちゃうんだよ。酒と睡眠薬のブレンドってクラクラのドカーンだから。薬の量にもよるけど……」
 飲み慣れてない奴だったら朝どころか夕方までグッスリの記憶はパー。
「男はまさか盗撮カメラがホテルに仕込んであるなんて思いもよらないんだろうな。好き放題よ」
 矢崎はそこまで話すと、器用にライターをいじって煙草に火をつけた。
「画質荒くてわかりづらかったけど、女は地味だったな。付き合ってもねー男とラブホ行くことなんて想像してなかっただろうに。玉ねぎの皮が剥がされるみてーにどんどん脱がされてって、スッポンポン」
 うわー可哀想にと眺める矢崎は、ビデオを止めたくなったという。
 理由はあまりに悲惨な状況を見ていられないという人道的なものではない。
 ただ退屈だったからだ。
「当時はやっぱ感覚バグってたんだよ。あぁこの女の子はレイプされるだろうなぁ。危ねー奴はどこにでもいるんだなぁ。それだけ。そんな他人事で終始してたもん。それよかリアクションもねー女見ててもつまんねぇなって思いのが強かったわ」
 停止ボタンに手を伸ばした矢崎だったら、映像が眼に入ると動きが止まった。
 いつの間にか男も全裸になっていた。
 何かを手にしている。
 バイブかピンクローターかと思ったがどうやら違うようだった。
 男は手にしたものを口に銜え、女の股に近づいていく。
「ストローだったんだよ」
 まるでテレビで見たことがある蝶々の食事風景だった。
 蝶々は細長い管を口から出し、花の蜜を吸う。
 男はそれと同じことをした。
 違うことをいえば男は自分の性器を激しくしごいていることだけだった。
 ジュル……ジュル……ジュル……。
 男は恍惚とした表情を浮かべ、テープが終わるギリギリまで延々と蜜を吸っていた。
 そして入ってきた時と同様にふらっと部屋から出て行った。
 次の餌場まで飛んでいく蝶々のように思えたという。

 見終えた後、矢崎はふとマスターベーションを終えた後のような、あの強烈な自己嫌悪感に襲われたという。
 俺ァ何やってんだ。
 どいつもこいつも糞みてぇ。
 みんな殺してやりてぇ。
 
 しかし自省も長くは続かなかった。
 結局逮捕されるまでの矢崎は一年間その裏ビデオショップで働いた。
「今はフッツーに働いてっけど、ちゃんと生活してる奴らん中には間違いなく糞がいるんだよ。俺はそれを嗅ぎ分けるのがすげーうまいんだ。鼻をクンカクンカするとちゃーんとわかる。そんでな、実際、皮の中身は糞が詰まってる奴ぁ、これが本当に本当に多いんだわ。見た目だけじゃ全然わかんねぇけどよ」
 

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