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山にて

 徳永さんはこの夏、お盆休みを利用して以前から計画していた登山に赴いたそうだ。
 登山は高尾山くらいしか経験がなかったが学生時代はハードな部活だった。
 中年にさしかかる頃合だが体力には自信がある。
 さらに買い揃えた登山グッズは初心者向けの山では勿体無いという思いもあった。
 それらの理由から徳永さんは中級者が登るような山を選んだそうだ。
 無論その判断は後悔することになる。
 休みに入ると徳永さんは早速新潟の山へ向かった。

 杉林の中を川の音を聞きながら登る。
 道のりは険しい場所もあるが、まばゆいぐらいの木々の緑に包まれていると足の疲れなんて気にもならない。
(なんだなんだ。楽勝ではないか)
 3合目から山の傾斜は徐々に厳しくなっていった。
 それでも山の合間から見える海を見ていると、滑らかな山の稜線を眺めていると、どんどん先へ先へと進みたくなっていく。
 全てが新鮮だった。
 丸の内オフィスでは味わえない多幸感に徳永さんは思わず身震いをしたという。
 だが。調子よく歩いていられたのも結局はつかの間。天気が崩れたのは一瞬だった。
 徳永さんは調べてあった避難小屋へ急いだ。
 逃げ込んだ小屋には何もなかった。カビの匂いのする毛布が一枚放置されているだけだった。
 ネットで調べた情報では布団や缶詰等も置いてあるはずだった。
(ま、仕方ないか)
 雨があがれば帰れるだろう。
 そう暢気に構えていた。
 徳永さんが焦りを感じ始めたのは、時計が五時を指し始めたころ。雨はやまず、日が暮れるのは時間の問題かと思われた。日帰りを予定していた徳永さんは、寝具も食料も携行していない。避難小屋では中央に焚き火ができるスペースもあったが、煙草を吸わない徳永さんはライターを持っていなかった。
 六時を過ぎた。
 予定では山の稜線に沈みゆく夕日を堪能しながら下山するつもりだったが、諦めなければならなかった。
 濡れた衣服を干し、毛布にくるまっていると次第に眠気が徳永さんを包んできたそうだ。
(……何時だ?)
 寒さで目が覚めた。
 時計を見るとまだ深夜一時を回ったばかりだった。
 幸いなこと雨はやんでいるようだったが辺りは漆黒の闇。懐中電灯をかざして干していた衣服に触れるがまだ濡れていた。
(畜生……寒い)
 おまけに空腹までが徳永さんを襲う。
 登山中のハイな気分はすでに消えうせて、不安と恐怖感が入り混じりながら夜明けを待つばかり。
(なにか、ないか)
 藁にもすがる思いで室内を調べていると、運よくマッチが見つかった。
 これなら焚き火ができる。
 燃えそうな枝を小屋の周りから拾いあつめ、火をともした。
 少し余裕がでると、バッグにウィスキーの小瓶をしまってあったことを思い出した。電車で来る途中にキヨスクで買い求めたものだった。
 ようやく一息がつけた。
(火は人類の最大の発明だな……)
 焚き火をぼうっと眺めながらウィスキーを舐めていると、先ほどまでの不安感はいくらかゆるやいでくる。
 小屋のノック音が聞こえたのは火をつけて数刻後だった
 聞き間違いだと思った徳永さんがドアに耳を近づける。
 再びコンコン、と軽く響いた。
 こんな時間に……徳永さんは飛び上がらんばかりに驚いた。鳥肌がたつ。
「誰ですか」
 ドア越しの返事は言葉をなさなかった。くぐもった声だった。モーター音かと思うような低い音だった。
「誰ですか」
 質問を繰り返す。
 ――もしかして自分と同じ登山客がケガをしているのではないか。
 ――そうでなければ自分でドアを開けるはずである。小屋は誰が使用してもいいものなのだ。
 そう思い立った徳永さんは急いでドアをあけた。
 でかい男がいた。
 徳永さんの身長が低いとはいえ、頭二つ分ほど大きく見える。
 180センチ以上はありそうな、真っ赤な髪をした青年だった。190センチかもしれないし2メーターもあるかもしれない。ある一定の高さからは『でかい人間』としか徳永さんは認識できない。
 そして服装はあちこちが破け、まるでぼろ布のようだ。
(……パンクスかな?)
 徳永さんはそう考えた。若い頃ライブハウスに通っていたおかげで目をむくような驚きはない。
 見たところ怪我はないようだったが、火に近いところに座らせた。
「どうしたんだい。寒かったろう? 君も私と同じように下山できなかった口かい?」
 青年はゆっくりと首を振った。
(挨拶もないとは……パンクスでも礼儀は必要だろう)
 だがこの場でそんなことを指摘しても仕方がない。
「これ、飲むか?」
 徳永さんが掲げたウィスキー小瓶に、青年は深く頷く。
 先ほどまで暗くてわからなかったが、焚き火があたると青年の肌の色がはっきりわかった。
 それは黒いというよりもグレー、炭のような灰色に近かった。
 何かの病気かもしれないと徳永さんは思い、最後まで尋ねなかったという。
 その後も徳永さんがいくら話を振っても政変は喋ろうとしない。だが頷いたり首を横に振ったりする仕草は見せる。コミュニケーションをとる意志はありそうだったがいくらなんでも不自然だ。飲み屋でたまたま一緒になったのではない。深夜の山で二人きりなのだ。
 筆者である私はここまで聞いたときに『人外なるもの』だと考えた。
 だが徳永さんは違った。
 流石に不審に思い始めたが、徳永さんの脳裏にまず思いついたものは、ある意味では現実的なものだった。だが浮世離れしてるともいえる。
(この青年……)
 喋らない。深夜に現れる。特徴的なルックス。登山スタイルどころか身に纏うぼろぼろの布切れは路上生活者のそれだ。
(この青年……――死ぬ気なんじゃないだろうか)
 後になってから考えるとバカげた発想だが、徳永さんはこう考えたという。「いくら自殺者でも手ぶらで中級者向けの山には登らないでしょう」私がそんな自明のことを言うと、徳永さんは「あぁ」とため息をついた。だがとにかく、彼はその時は気づかなかったそうだ。脳裏に占めるは焦りばかり。
(どうしよう、どうしよう)
(こういう場合どうすれば)
(なにか話さなくては)
(なんでもいい)
 話の接ぎ穂として、徳永さんは思いつくまま喋った。
「おじさんもねぇ、昔はシドビシャスが好きだったなぁ」
 灰色の青年は首をかしげた。
「見たかな。ゲイリーオールドマンの映画。シドアンドナンシー」
 徳永さんは青年の戸惑いにかまわず続ける。
「いい映画だった。いいかい人間はね、強制されて、自分の意志に反してまで、動くものじゃない。例えはたから見ていて不幸だったとしても、当事者たちが幸せならばそれでいいのだよ。シドビシャスのように自分勝手に生きて、自業自得で死んでいって。それでいいじゃないか、それで」
 舐めていたはずのウィスキーがきいていたのだろう。
 シラフでは到底話せないような内容だった。
 睡魔に全身を支配される前、徳永さんが見たものは灰色の青年の、大きく見開かれた瞳だったという。

 目が覚めると景色が一変していた。
 登山口脇の木陰だった。
 爽やかな風が身体を撫でる。 
 当然ながら徳永さんは何が起きたのかさっぱりわかなかったそうだ。
 灰色の、長身の青年もいない。時計を確認すると朝八時。自分が酔っ払ってクサい話をしていたのは二時くらいだろう。なぜこの時間にここにいるのか。
 あの青年が運んでくれたのか。
「どうやって」
 だがそんなことは可能だろうか。徳永さんは愕然とする。
 人間がおんぶして運ぶには遠すぎる距離だった。
 自分で歩いて下山したはずもない。寝惚けたまま歩くには長すぎる。靴も汚れていなかった。
 バックを漁ると、夢でない証拠にウィスキーのビンは空になっていたという。

「自分で一本あけるなんて、とてもできないから。あれは絶対に二人で飲んだんです」
 そう徳永さんは仰る。
「あれから私もいくつか文献を読みまして。あの青年は山男だったのではないかと気づきました。酒のお礼に、下まで運んでくれたのでしょう。ただあれから三度登りましたが、青年にはいまだ会えていません」
 まぁ自殺するような青年がいなかったから、結果オーライですわ。と徳永さんは笑う。
「以上が私の経験した不思議な話ですな。どう思われますか」
 私は首を振った。
 山に現れた青年の正体を私はわからない。
 人ならざるものであるとは思う。霊なのか妖怪と呼ばれるものなのか、悪しきものなのか良きものなのか。はては山の見せた幻覚だったのか。
 私が見聞きした中で推測するならば、徳永さんと同じ結論である「妖怪」の一つなのだと思う。だが断言なんてできない。私が確信して言えることは、徳永さんが「ド」がつくほどの「天然」だということだ。
 シドビシャスて。
 もし仮に妖怪だったとしたら、徳永さんは妖怪にパンクスを教えた第一人者になることであろう。


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