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さがしもの

 アパートに帰ってきた荒巻さんは、顔から血の気が引いていくことを感じていた。
 ない。
 何度鞄を漁っても、ない。
 鞄に入れたハズのUSBメモリーがなかった。
(おかしいおかしい。いや絶対あるはずだって。何でないんだよ) 
 確かに入れたはずだった。荒巻さんは鞄に滑り落とした瞬間をはっきりと覚えている。家に仕事を持ち帰ることは禁じられていたので作業データを落とし込んだUSBを人目を避けながら入れたはずだった。
 重要な顧客データと社員旅行での集合写真。気になる同僚女子のあの娘で一発ヌいてから仕事を終らす予定だった。
(ないと困る。今晩の、ひいては明日のスケジュールが狂ってしまう)
 明日は仕事を早く終らせて定時にあがらなくては合コンに間に合わない。
 いや。それどころではなかった。
(拾ったら中身を見てしまうような暇人だったら最悪だ)
 拾得者がネットユーザーで、暇で暇で悪意に満ちている人間だったら、何をされるかわからない。インターネットの世界に拡散されてしまった、お仕舞いだ。
 二十代後半にさしかかるというのに泣きそうになる。
 頭が痺れて視界がチカチカする。 
 情報流出を恐れる会社が禁じた家での作業。その禁を破ったうえに顧客データがたっぷり入ったUSBメモリーを紛失してしまったなどと、到底上司には報告できない。
 だが万が一情報が流出してしまった場合、非常に危うい立場に自分は立たされることは間違いがない。
 自分の名前が入った顧客のエクセルデータ。
 眩暈がしてくる。
 荒巻さんはいてもたってもいられず、ジャージに着替えて外に出た。
(頼む……頼む……)
 藁をつかむような思いで交番に行ったがUSBメモリーなど届いていないと言われた。
 上司の苦りきった顔が脳裏にちらつく。
 ――あの人ぼくが顧客データ紛失したと言ったらどんな顔するだろう。
 その後の展開を考えるだけで吐き気がした。
 会社は辞めたくない。
 会社は辞めたくなかった。
 福利厚生がしっかりしていて同年代よりちょっといいお給料。誰が辞めたいと思うのだろう?
 残業だって稀なのだ。今回の自宅残業だって急遽上司から仕事を押し付けられたせいなのだ。

 荒巻さんは脂汗を流しながら、駅から家までの道のりを何度も探した。
 もし落としたとしたら、スマフォを鞄から出し入れしたあの時か、財布を出し入れした時なのだ。
 コンビニまわりと電話に出た中華屋まわりは念入りに探したが、ない。落ちていない。
(どうする、どうしよう)
(これも全部あの上司が仕事を押しつけたせいだ)
(あいつのせい)
(あいつのせいだ)
 糞。
 舌打ちをしながら地面を睨みつける。
 だがUSBメモリーは見つけられない。
 足はついに落ちていないであろう住宅街の暗がりにまで運ばれていた。
 ない。ない。ない。それでも幸運にかけて足元を注視する。街灯が少なくなってくる。スマフォの灯りで足元を照らす。ない。上司の顔。同僚からの冷たい視線。ない。ない。ない。
 ふいに顔を上げる。電信柱の脇に一人の女が佇んでいた。
 女は項垂れ、髪に隠れ顔は見えない。眼を凝らすと長髪の隙間から細い眼が見える。虫の羽音が聞こえると思ったら、女の呟き声だった。 
 電灯がもたらす光に女の肌は照らされる。マネキンのような肌だった。
「さがしもの」
 女は薄い声を発した。
 たぶん質問されているのだろうと思った荒巻さんは頷いた。長髪の隙間から見える頬には殴られたような痣があった。
「さがしもの?」
 同じことを聞かれた荒巻さんは反射的に「ハイ」と大きな声で答えた。夜半の住宅街に響いた。
「これくらいの」
 と荒巻さんは指で5センチほどの大きさを示す。
「USBメモリー、見かけませんでした? ピンク色なんです」
 女は答えず、だが視線は外さない。
「さがしてる」
「そうですよ。見てわかりません? 見ればわかるでしょう。落ちてませんでしたか?」
 質問をしたものの女は答えない。荒巻さんは地面から視線を移した。
「だからぁ! これくらいの……」
 動きが止まる。
 女の両手がなかった。両腕があるべき場所に二本の注連縄が生えていた。女は駄々っ子が腕をふりまわすように縄を揺らす。
 電信柱に当たる。
 びた、びた。
 だがその音は錯覚だった。耳が作り出した音だった。生活するなかで、そうなるだろうと思っていた音だったが実際はしなかった。なぜなら女の両手代わりの縄は通り抜けたからだ。
「さがしもの、おわったら、わたしのも、おねがい」 
 女は笑っていた。口角を釣り上げ、びたんびたんと腕代わりの縄を振り回しながら。 
「ね、おねがぁい」
 小学生が強引に約束をとりつけるような勢いで女は言った。言い終わるが早いか、電信柱の影へと消える。
「え」
 荒巻さんが正気に戻るまで五分はかかった。
 何が起きたのか理解できず、そのままUSBの捜索を三十分は続けたという。USBメモリーは見つからなかったが、代わりに牛乳瓶に刺さったチューリップが見つかった。電柱の後ろのコンクリートブロックの裏。まるで人目につかないように隠されていたという。枯れて萎れた花びらが、ひどく無残に見えた。

「それでなんか、続けて探す気になれず家に帰ったんです」
 そして荒巻さんの憂慮は幸いなことに杞憂に終った。
 大事なUSBメモリーは会社にただ置き忘れただけだったそうだ。始業前に出社したおかげで仕事も残業せずにすんだ。結局のところ、何も問題はなかった。
「不思議な体験っていうと、今話したことくらいですね。あれは何だったのか、あの花瓶の花はなんだったのか、それはまぁ僕にはわかりませんでしたけど」
 ちなみにそれはどのエリアの話ですか、と尋ねる私に、荒巻さんは西武新宿線の杉並区某駅と答えられた。あの3つの駅のどれかだそうだ。


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