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トリビュート。

 塩津さんという女性が、体験した話である。
 だいぶ前の話だという。
 彼女のお姉さんは少々変わっている。酒乱、博学、ハードな肉体労働に従事。そして世界をはすに見ている。
 

 塩津さんは実姉と八王子で酒を交わしていた。亡くなった親戚の話をしていたという。夏場だった。
 話すべき話題も尽き、塩津さんは場繋ぎとして読んだばかりの怪談を口にしたそうだ。
「ネットで読んだんだけど……」
『双眼鏡』あるいは『ちょっと変な趣味』と題される有名な話だった。
 こんなオカルトサイトを読むような方であればきっと既読の方が大半であろう。
 ざっと要約する。
 深夜、屋上から双眼鏡で街を眺める。それは語り部(投稿主)の趣味だ。かといってデバガメしようなどという下心はない。ただ静かな街を眺めるだけ。
 素敵なシーンだ。
 私もその場面を想像すると胸の高まりを覚える。だが残念だが私の住む安アパートに屋上は存在しない。窓からは隣の家の壁が見えるだけだ。
 しかしある日、語り部が双眼鏡から覗いているとおかしなものを見つける。遠く離れた屋上にいる語り部に向かって手を振りながら走ってくる、全裸でガリガリに痩せた子供。
 理由はわからないが、怖い。背筋がゾクっとして布団にもぐりこみたくなる。

 塩津さんが話し終えると姉は考え込み始めた。
 彼女のお姉さんは現実主義者というか異常な理屈屋というか、映画でも小説でも分析することが趣味であるそうだ。
 お姉さんは唸った。
「その話のよくできていることは『視る』ことに主題を置いているから」
「なにそれ」
 今話した怪談を、頼みもしないのに分析しているようだった。
「昔読んだ心理学の本に書いてあったの。『視る』ことは所有することの代替行為だと」
 だいかえこうい、塩津さんは姉の言葉を繰り返した。
「例えば『覗き見』ってどうしてするかわかる? 下品な話だけど、あれは女性の裸をコレクションしたいからなの。自分の目で『視る』ことはイコール自分の手に『所有』するということ。この感覚はわかる? ボケットに入れられないものなのだけど所有したい。人はなぜ風景を眺めるか。これも世界をポケットに入れられない故の代替行為」
「ふうん」
 塩津さんはそういうものかと頷いた。確かにそう言われると、観光スポットは写真で見るだけでは満足できない。例えば自分が興味のあるスポット。例えばナイアガラの滝やタイムズスクエアは、いくら映画で見ても自分の目で『視ないこと』には、どこか心が満たされない。
「つまり静まった深夜に眺める。これはこっそり盗むことと同義なのね」
「なるほどねぇ」
 わかったような、わからないような、ともかく塩津さんは首肯した。
 ――ききききききと笑い声が聞こえた。
「だから語り部は、いや読者は、罪悪感をもつことになるの。冒頭で。こんなことをしたら、罰が当たるんじゃないか。無意識にそう考える。そして罪悪感をもったなかで畏怖すべきものがつけこんでくる恐怖。禁忌に触れてしまった故、化け物に追われるのと同じ。ま、ホラーの王道よ」
「ふうん」
 半分納得した気持ちであり、半分はつまらない。聞いたことのない解釈で面白いのだが、それでも野暮ではないだろうか。
「いやぁ、よくできてるよ。ただアンタ、後ろ振り向くなよ」
 強い口調。
どうして。
「子供」
 振り向こうとした塩津さんの肩を姉は掴んだ。いや。違った。
 後ろから掴まれていた。
 姉は冷酒を右手にし、左手は麻婆豆腐。
「全裸でガリガリで青白い子供がいる。押さえつけられた獅子舞みたいに歯を食いしばって、目を見開いて……アンタのことを『視て』る」
 強烈な生臭さが鼻を衝いた。
 厭な兆候だった。
 肩はまるで性質の悪い蟲に刺されたような痛痒がする。
「化物に所有されるとどうなるんだろう。やっぱり霊魂だけもっていかれるのかしら」
 それでも他人事の姉は冷静だ。身内の事なのに。
「どうしようお姉ちゃん」
 塩津さんは十数年ぶりに姉をそう呼んだ。
「そうだねぇ理屈でいえば、視ることによって生じたんだから……」
 すいません、とお姉さんは久保田の萬寿を注文した。これ、アンタの、奢り、と言う。
「これで目を洗いな。視ることが原因なら、それを清めればいいって話でしょ。あ、おい。あんまり量は使わない。勿体無い、馬鹿か」
「痛い痛い。何これ。すっごい痛い。涙が。涙が」
 アンタみたいな馬鹿にはこれでちょうどいいよ、とお姉さんは嗤った。
 気づけば肩の違和感も、変な匂いも消えていたという。
 塩津さんが怪異譚に取り『憑かれた』のは、この出来事からそう時間は経っていない。



引用させて頂いた怪異譚:涎氏による『双眼鏡』
URL:http://yodaredayo.blog38.fc2.com/blog-entry-169.html
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コメント
非公開コメント

こんにちわ

青白い子供がいても、どうじない寝さんの方が怖いですね。
姉さんなにもの。

2014-10-13 14:35 │ from こうURL

No title

偶然見つけました。
なんかうれしいです。
ありがとう!

2014-11-15 22:20 │ from 涎(よだれ) ◆90luq5TOlEURL

お姉さんの洞察は鋭いですね。

2015-06-27 17:31 │ from ななしURL

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