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花魁淵(その1)

 山梨へのツーリングからの帰り道だった。
 都内を早朝に出発する予定だったものの友人の都合で遅れてしまったが、なぁに急ぐ旅でもない、と須崎さんはのんびりとツーリングを堪能していた。
 翌日は休みで峠には緩やかな陽が差している。気のすむまで、疲れで身体が動かなくなるまで。日頃の鬱憤が風に溶けるかのように消えていく。
 焦りが生じたのは夕飯に寄った飯屋で予想以上に待たされてからだ。だが予定していたほったらかし温泉には寄りたかった。夜の甲府盆地を見下ろせる湯船を放っておくわけにはいかない。
(パッと入って、パッと出よう。そうすれば時間のロスも大したことないサ)
 だが温泉好きの人間であれば、事がそんな上手くいくハズもないことを知っている。
 当然のように長湯になり、帰路は深夜になった。
 柳沢峠を抜け青梅街道をひた走る。
 山梨に向かう道すがらにも通ったはずの花魁淵が、いやに不快に感じたのは霧のせいか。
「今考えるとサァ、あれ霧じゃなくてオーブだったんじゃねえかなぁ」 
 須崎さんはそう仰り、深く頷いた。
 最初のトンネルに差し掛かる頃だ。
 道路の右端を、ふらふら歩くネグリジェ姿の女性が目に入った。
(変だ)
 須崎さんは思わず呟いたという。
 深夜の峠をネグリジェ姿で歩くか普通?
 ここまでどうやってくんだよ。
 無視しよう無視しよう……そう思うものの、須崎さんは衝動を止められなかった。
 バックミラーを一瞬、見た。
 女ではなかった。
 確かに身体はネグリジェを着た女だが、顔は犬か狐か判断できないよう畜生の面だった。
 悪寒と同時に鳥肌が立つ。
 須崎さんが逃げるようにバイクのペースを上げると同時に女は走り出した。
 異様に早い速度で追いかけてくる姿がバックミラーに映る。
(何だあれ)
 友人は畜生女に気づいているのか判らなかったが、ミラーにヘッドライトの光は映っている。
(アイツは平気なのか……?)
 友人が後ろからついてきていることを確認すると須崎さんは加速を強めた。
 猛スピードでカーブとトンネルをいくつか通り過ぎると、やがて畜生女は段々と遠ざかる。
 峠を下りきる手前で、ふと頭の中に響いた。
<おぼえてろ>
 それは妬ましいような感情がこめられていたという。
 街灯のある場所まで走ってから、ようやく一息つけた。ハンドルを握る手が震えていた。胃のムカツキは尋常ではなかったという。掠れる声で須崎さんは友人に訊ねた。
「何だったんだ今の」
 答えは出るはずもなかった。

 翌日から豪胆な須崎さんを早速その体験をしばらく(半年に満たない期間だ)持ちネタにした。彼は飲み会の場で前述の恐怖譚を話す。その後にこう付け加えるのだ。
「けどサァ、考えてみなよ、俺たち通りがかっただけで何もしてないのに、覚えてろはないよなぁ~……」
 と。しばらく鉄板ネタだったそうだ。

 だが今でも、前述の友人が、とある日に件の峠に行き、件の場所から随分手前の見通しの良いコーナーで、対向車と正面衝突後即死だったということを、須崎さんはどうにもうまく飲めこめないでいる。
 十年前の話だそうだ。


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