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DQN

 二年前の話。
 社会人になって三年目の飯田くんが帰省したときのことだ。
 寂れていくばかりの地元に、カジュアルフレンチレストランが開店していた。東京で修業してきたシェフが働いており、味がいいともっぱらの評判だった。
 父親が留守の晩に飯田さんの母親は行きたがった。父親がフランス料理嫌いの為いまだ行けていないという。
 母親と二人きりでなぞ行きたくなかったが、心底残念そうな母親の顔を見ると胸が痛んだ。
「いいよ、たまには」
 親孝行はしておいた方がいいだろう、なんとなくそう考えた。
 飯田さんの運転で自宅から五分ほど走り、駐車場に車を入れるとレストランはほぼ満員だった。
 ウェイトレスから少々お待ちくださいと説明を受けた飯田さんは入り口付近の椅子で手持ち無沙汰に店を眺める。
 期待していたよりは悪くないが、所詮地方のレストランだった。細かい装飾が安っぽく、来る客層も精一杯身を飾った近隣の住民ばかりだ。主に農業に従事する住民たちだ。
(まぁ都内で食べるよりずっと安い)
 これで味が文句なければこんな辺鄙なところでもきっとやっていけるのだろう、そんな考え事をしていると怒鳴り声が聞こえた。
 視線を移すと、テーブル席の男がウェイトレスに食ってかかっていた。
 カップルで来店していたのだろうか、女の方は俯いている。
 彼はウェイトレスが笑ったと言い張っていた。ウェイトレスはまだ高校生のように見えた。
「フォークの使い方がおかしいんか、ガキみてぇって笑ってたんか」
 嫌ねぇ。飯田さんの母親は眉をひそめる。
 だが飯田さんはそんな余裕はなく、太鼓のような激しい動悸に襲われていたという。
 怒鳴っている男は知った顔だった。
 飯田さんの通っていた中学では知らない者はいない、『ゲロシャブ』と呼ばれていた不良だった。無論非公式のあだ名である。本人の耳に聞こえればただではすまなかった。
 その言葉で挑発した上級生は人差し指と薬指をベンチで折られた。
 揉めた他校の生徒は梱包開封用カッターで腕に『ちんぽざる』と刻まれ、夏でも長袖のシャツを着るはめになっていたという。
 工業高校に進んだが三日で中退したと噂で聞いていた。

 もうお互いに成人している。きっと土方だろうが――ろくでもない、なにかしらの仕事には就いているだろう。
 過去の無軌道さは消え、大人になっているはずだ。
 そう、『昔は俺も悪かった』なんてテンプレ台詞を吐き出すような……。
 甘かった。
『アイツの滅茶苦茶っぷりは膨れ上がってました』
 ゲロシャブはウェイトレスを腕の中に捉え、フォークで指を順々に突いていた。
「痛っ」
 遠目からでもフォークの先が爪の生え際に突き刺さっているのが見える。
「馬鹿、なに痛がってんの。アクセ、ネイルのアクセ」
 ウェイトレスは悲痛な叫びを上げ続けた。聞いている方が、身が痛むような叫び方だった。
 誰か助けにいかないのか――飯田さんは願った。
 もちろんそこに飯田さん自身も、飯田さんの母親も含まれてはいない。
 助け舟は入った。
 これで事態の解決は始まるだろう、飯田さんは考えた。
「申し訳ありません、うちの娘がなにか粗相をされましたか」
 たぶん家族経営なのだろう――シェフは平身低頭で奥から現れる。
 腰は低いが力強い表情だった。
「お前の娘なの?」
 ゲロジャブは嗤う。
「パパだめだよヤリマンなんて働かせちゃ。こいつさっきからチンコ吸いてぇバキュームジュボボンってウルセぇんだから」
 濁音を発生するとき、ゲロシャブの口から唾が盛大に飛んだ。
「何を仰っているのか」
「は? お前馬鹿なの? お前の娘がヤリマンだって言ってんじゃん。お前だって知ってるっしょ。すげぇ飯屋だよ、クズパパにヤリマン女レストラン」
 遠目からでも目立つほどの青筋がシェフのこみかみに浮いていた。
「めーぶつ料理は娘のくわえてきたチンコのテリーヌ。っは、は」
 飯田さんは母親ときたことを改めて後悔していた。
 どうして実の母親と一緒にキチガイの独演会を聞かされなければならないのだろう。
 一人だったらまだマシだ。『なかったこと』にして早々と立ち去ればいい。だが母親と一緒であれば、何もなかったことにはできない。
「警察呼びますよ!」
 ウェイトレスが叫んだ
 レストラン内の全員の客は静まり返り、注視していた。俯いている者もいた。
「警察? 警察? いいよ別に。レストランでクレームくらわした刑?」
 ゲロシャブは腹をおさえた。
「ヤバくね、ね、ヤバくね、マジウケんね、それ。何年刑なんすかそれ」
「本当に呼びますよ」
「だからいいって言ってんじゃん。ほんとウケんねお前。刑罰第何法で捕まるん? 何年何ヶ月俺は喰らうん? な、俺思うんだけど、たぶんそぉっこーで出てくると思うんだよ」
 ゲロシャブは店内を見回した。針のような眼差しだった。
「お前らんなかに弁護士はいねぇの、いたら起立しろよ、なぁ」
 もちろん誰も起立はしなかった。俯く人間が増えただけだった。
「ねぇパパさんさ、楽しみだよなぁ。脱サラだろ? 楽しみだよなぁ。俺のことムカつかせて、この町でやってくんだもんなぁ。ヤリマン抱えてさぁ。その年で他に何やるんだ? ウリさせるしかねぇよなぁ、娘。ほんと楽しみ、俺」
 ウェイトレスが「脅しですか」と呟いたが、それは反抗を示すにはあまりに小さい声だった。
 ゲロシャブはナイフでテーブルを叩く。カッツン、カッツン。
「ほらぁ、警察呼べよぉ」
 大瓶が床に落ちたような音が店内に響いた。ナイフがテーブルに突き刺さっていた。
「お前の娘がウリ始めたら真っ先に俺のツレに遊ばせてよ。一生チンポの奴隷にさせてやっから」
 聞くに堪えない罵詈雑言だった。
 これ以上耳にしたくない。
 店内の誰しもがこの場から出ていきたいと願っただろう。
 だが雰囲気に呑まれてしまっていた。
 身動きをすればこちらに攻撃が飛んでくるという予感がひしひしとあった。
「出ましょう」
 飯田さんの母親は呟いた。
 脱いでいたコートをはおる母親を、ゲロシャブは呆けたような表情で見ていた。
 飯田さんは言われるがまま、視線をあわせないように動いた。
「ねぇ、おい、ねぇ」
 嫌な予感は現実となった。
 声は明らかに自分たちに投げかけられていた。それでも知らないふりで声を無視すると、皿が飛んできた。床で破裂した。肉にかかっていたであろうソースが飯田さんの服まで飛んできた。
「お前さぁ、入り口のお前、おなちゅー(同じ中学校)だった飯田じゃね」
 飯田さんは呆然とした。卒業して十年経っている。一度も話したことがないのに、どうして覚えているのか不思議で仕方がなかった。
「なぁってば、お前飯田だろ? 何シカトくれてんだよ」
 隣では母親が心配そうな表情で見つめている。
「うん、そうだけど……」
「おぉ、だよな。じゃあさ、わりぃんだけどお前このゴミアマのこと剥いてくんね?」
「……え?」
「裸で土下座させんだよ、ドンクセェな」
 飯田さんの思考は停止した。
 中学時代、帰り道で突然ヤンキーに声をかけられた時の、あの頭の芯が痺れるような感覚に襲われた。
「そこにつったってねぇでこっちこいよ。なによ、お前まだ童貞なの?」
「えぇ……」
 何も答えられなかった。
 沈黙したまま手前のテーブルを眺めているとぐいと腕を引っ張られた。母親だった。
「放っておきなさい。行くわよ」
「待ってババァ。ババァに話してねぇんだろ。うわっ。あーその態度ムカつく」
 席を立ったゲロシャブは飯田さんたちに近寄ってくる。
「警察呼ぶわよ!」
 震える声で飯田さんの母親は叫んだ。
「だからそれもう聞いたって」
 あっという間に飯田さんは腕の中に捕らえられた。
 丸太のような腕だった。
 全力で離れようとしてもビクとも動かなかった。
「なぁ飯田さぁ、お前があの女を剥くのと、お前の母親全裸で土下座させんのどっちがいい?」
「ちょ、離せよ」
「離してくださいだろばーか。選べよグズ田」
 顔を真っ赤に染めた母親が、シェフを呼ぶ。
 だがシェフはすでに警察に通報する為か、ウェイトレスとともに引っ込んでいた。
「おかーさん、こいつガキん時俺らの仲間にフルチンの刑にされたんすよ。女子の前でフル勃起してたもんなお前。あん時のさぁお礼くらい大人になったらしろよ、なぁ」
「ふざけるな!」
 感情を露に飯田さんは怒鳴った。本気で怒鳴ったことなんて何年ぶりかわからない。声は上擦っていた。
 だがゲロしゃぶはニヤニヤと嗤うばかりだった。こちらの意志が一ミリも伝わった感じがしない。
 腕の力はさらにくわわり、息をするのがやっとだった。
「お前ふざけるんなマジで言ってんだぞ!」
 ゲロシャブは嗤い続けながら、手にしていたフォークで飯田さんの頬をじゃれるようにつつく。
「お前、顔真っ赤だな」
 確かにそうだった。
 何より息苦しさよりも羞恥心の方が強かった。
 大勢の前で、母親の前で、力で支配されているさまが周囲からどう見えているか。
 怒り、息苦しさ、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
 冷静にさせたのは母親の、今にも掴みかかりそうな顔つき。中年女性の腕力で抵抗できるはずもないのに、血走った眼は今にも飛びかからんばかりだった。
 目の前の危険人物から母親に危害を与えられることへの恐ろしさが、飯田さんの頭を冷す。万が一母親が全裸にさせられるような事態が起きたらと思うと吐き気がする。
「いいんだ、母さん。大丈夫だから。じゃれているだけだから」
 そのうち警察がやってくる。
 それまでに時間稼ぎをすればいい。刺激せず穏便に穏便に。
「だよなぁ。仲良しだもんな」
 ゲロシャブから飛沫する唾から顔をそむけ、飯田さんは太い腕の中でじっとする。
「しかしお前まだかーちゃんと飯なんか行ってんの。マザコンってやつだな」
「……君はデート?」
「ちげぇよ。お前とちげぇんだから。お前と全然ちげぇんだから」
「……彼女と来てるんですよね。きっと退屈してるん、ゲェッ」
 喋っている最中にチョークスリーパーのように絞められる。
「なんで人の話聞かねーのお前。ちげぇっつってんじゃん。あれは人質みてーなもんなんだわ」
 首を腕でしっかりと固定されていたが反射的に振り向こうとする。
「ムショ出て女に電話したらよぉ、俺に付き合いきれねぇとかほざっからよ、じゃあいいよ妹につきあってもらうからって家から連れてきたんだわ。どうだ、ヤバくね?」
 飯田さんは首を縦に振る。確かにヤバい。
「だろ。俺のヤバさが勝ったんだから、あれは俺の好きにしていいんだわ」
 意味不明な理屈だった。
 顔に唾を吐きかけられ、即座に飯田さんは顔を背ける。垂れる唾液が唇の端を濡らす。
 瞬時に頭に血が昇るが、腕も首も圧倒的な力でビクともしない。
 顔をあげると視界の端に母親の表情が映る。飯田さんは顔を伏せた。
 警察はまだか。
「どうしてこんなことするんですか」
「わかんねぇの、嫌がらせしてんの」
 表が騒がしくなってきた
 飯田さんは理由が飲めこめなかった。
「あーつまんねぇの。もう終わりか」
「嫌がらせって、僕、何もしてないじゃないですか」
「何もしてないって、嫌がらせにあわない理由になるか?」
 ほんと馬鹿だなおまえ。終ってるよ。 
 ゲロシャブは吐き捨てると腕をほどいた。床に崩れ落ちた飯田さんに母親が駆け寄る。
 ダルそうに立ち上がったるゲロシャブは下品な音をたて喉を鳴らし、母親の髪に思い切り痰を吐き、連れの女性のもとまで歩いていった。
 ぐしゃぐしゃに泣きすがる母親をよそに飯田さんはしばらく眺めていた。
 話し声は聞こえてこなかったがなにかしら言葉を交わしている様が見てとれた。
 そして女性の頬をつねると嗤いながら、フォークで貫通するまで突き刺した。とめどなく溢れる血をシャツに浴びながらゲロシャブは身を翻し、レストランのキッチンの方へ駆けていった。
 裏口でもあるのだろう、と飯田さんは思った。けれど逃走は長くは続かないだろうとも思った。
 三日後、知人の家を泊まり歩いていたゲロシャブは警察に捕獲された。知人の誰かが居場所を通報したという話だった。
 そして今。二年経過し、ゲロシャブは仮出所をしたという。
 出所したあとはどこにいったかわからない。
 上京している飯田さんが接することはたぶんないだろう。
 だが嗤いながら、嗤いながら、フォークを振り上げている場面を忘れられないという。


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コメント
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わー、こういう奴腹立つ。殺してやりたい。だって生きてる限りこのままでしょ。生きてる価値ないよ。

2015-01-23 12:38 │ from 名無しURL

こういう無軌道な奴って、
無軌道なようでいて、実は慎重に反撃することが難しい相手と状況を選んで暴れているから、わりと長生きしているのが腹立つ。
あと、仮面ライダー王蛇を思い出した。

2015-01-25 19:29 │ from 名無しURL

あと、被害者側の飯田さんも、ものの見方が微妙に傲慢でクズっぽいのも味わい深い。

2015-01-25 19:36 │ from 名無しURL

あースッキリしない!最後に母親が武道の達人か元レディース総長でゲロシャブを一発で仕留めるとか、昼間から守護霊が出てきてゲロシャブを恐怖でチビらせるとか、そんな展開を期待してました(笑)

しかし最低最悪なグズだ!
最低なヤツだから本職に抹殺されたかもしれませんね。

2017-03-22 09:07 │ from 零URL

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