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向日葵の日

 三十代前半の桜井さんはつい最近、長年飼っていた猫を病気で亡くしている。

 この辛さは筆舌に尽くし難い、という。
 何ヶ月経とうがその痛みは変わらない。
 にゃーと鳴いた声。瞳。布団で感じる温度。病院に連れて行くときの手に負えなさは今では愛おしくて堪らない。ダンボール箱は捨てられずに積み重なる。
 桜井さんは悲しさを少しでも紛らわせようと、猫の爪と歯と遺毛をペンダントに納め、常に持ち歩いていたそうだ。
 時折手のひらに出し、「あぁここにいるなぁ」と確認する。その際手のひらに残った骨の滓は「つい」舐めて飲み込んでしまうという。

 桜井さんの落胆ぶりは周囲の人間も心配するほどだった。
 ある日仕事の同僚から「知り合いに会ってみません?」と誘いを受けた。
 同僚は、知り合いは占い師なのだが決して胡散臭い人間ではないと説明した。
「私も以前、家族で辛いことあったときに、その人と話して楽になれたから」
 少し迷ったが桜井さんは承諾した。
 この辛さを薄められるのであれば鬼でも悪魔でもいい。猫の死後、明らかに情緒は不安定だった。身体と心を繋ぐ糸のようなものが解け、バラバラになってしまいそうだった。 同僚曰く、その占い師の方は本業は八百屋さんであり、一見の客はお断りしているという。紹介がなければ会うことは叶わないそうだ。
 無料ではなかった。
 一時間一万円という提示だった。
 ただ会ってみて納得できなかったらその金額は請け負うと言う同僚に説得され、桜井さんは週末の予定に入れた。
「詐欺でもいいやって思ったの。それくらい私、誰かに助けて欲しかったのかもしれない」

 待ち合わせ場所は街の喫茶店だった。
 比留間、と名乗る占い師は四十代半ばのごく普通の中年女性に見えた。
 挨拶もそこそこに、比留間さんは「あぁ……」と目を細めた。
「真っ白の、可愛いのがついてるねぇ。肩あたりにチョコンといるねぇ」
 え、桜井さんが戸惑いの声をあげた。どういうことですか、尋ねる間もなかった。
「にゃんこ、白いにゃんこ。生きてる頃よりもべったり寄り添ってるわよ」
 まだ何も話していなかった。
 猫についての悩みということは同僚から伝わっているかもしれなかったが、毛色は知らないハズだった。
 ――なんで。
 不思議に思うよりも先に、反射的に尋ねていた。
「なにか言ってますか、もっとこうして欲しかったとか、あれが嫌だったとか、その、恨み言」
 比留間さんは笑った。
「そんなこと一言も。恨み言あったらこんなにくっついてないわよ、莫迦ねぇ。妙高高原も棚田も楽しかったって。色々見れて楽しいって」
 妙高高原。星峠の棚田。絶景の新潟。
 そこは確かに猫の死後、桜井さんが気晴らしに両親と行った旅行先だった。
 楽しかったって。
 肩からのぞく碧い風景。鮮やかな緑。一緒に来たかった。見せたかった。
 一緒に見ていた。
 ね、きれいだね。きれいだったね、きれいだったね。
 桜井さんは意識しないうちに頬が濡れていた。
(ずっと一緒に過ごしてたんだ) 
 胸の底から堰を切ったように溢れるものがあって、自分でも驚いた。
 ぼろぼろと零れる涙を必死にハンカチで拭う。止まらなかったという。店内の視線が集まっていることすらどうでもよく次第に嗚咽に変わった。
「なんで、なんで、わかるんですか」
 比留間さんはふふっと笑った。笑顔はチャーミングだったという。
「貴女の猫ちゃん、とっても位の高い、高尚な猫ちゃんだったの。だからすごくスムーズ。あのね、猫ちゃん、こうも言ってる。『ここにいるよ』って教えるって。教えるために、貴女に向日葵の日を用意するんだって」
 あんまりいないのよ、そこまでできる猫ちゃんって。また比留間さんは笑った。
 向日葵の日? 思わず聞き返す。
「そう。向日葵の日。その日は向日葵尽くしの日になるの。向日葵の傘をさしてる子供を見かけたり、花を貰ったり、その日会う人が向日葵柄のワンピースを着ていたり」
 ちゃんと傍にいるのよ、そう言う比留間さんの顔は再び滲んでいったという。
 その後もあれこれと話していたら、気づけば予定していた一時間をゆうに超えていた。じきに三時間近くになる。
 もっと話を聞きたかったが、比留間さんにも予定があるという。
 桜井さんは慌てて財布を取り出した。
 ただこれだけ時間を超過した場合、支払う金額はどうすればいいのだろう?
 もちろん桜井さんはいくらでも払うつもりだった。
 話終えた今、心は秋天のように澄んでいる。
 財布全部を差し出しても構わないが、かえってそれは失礼に当たるのではないだろうか?
 逡巡している桜井さんを見透かすかのように、比留間さんは言った。
「お財布に入ってる、変わったお札でいいわよ」
 桜井さんは財布と比留間さんを交互に見つめた。
 財布には確かに変わったお札が入っている。
 以前手慰みとして一万円札を器用に折りたたみ、福沢諭吉の顔を笑わせていた。
(この人、すごい)
 ただただ不思議な気分だったという。

 席を立つ前、桜井さんは最後にと一つ質問をした。
「私、将来子供を産むことを考えているんです。もし産んだら、そこに飼ってた猫、転生してくれるでしょうか?」
「ううん。猫は転生するまで長い時間がかかるの。それはそれは長い時間。だから貴女のお子さんに転生することはまずないわ」
 そうですか……肩を落とした桜井さんに「けど」と比留間さんは付け加えた。
「三途の川の向こうで、貴方のお爺様とお婆様と待ってるって。ふふ、凄いわよ、三途の川のサイズまで大きくなって待ってるって。大きくなって待ってるからって」
「……そうしたら、めっちゃモフモフできるじゃないですか、モッフモフって、ほんと、もう……」
 桜井さんは泣きながら笑ったという。


 今から楽しみです、向日葵の日と、死ぬ時が。でっかいニャーが待っていると思うと楽しみです。
 と桜井さんは私に言った。
コメント
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私も猫飼ってるから、気持ち分かる。もし居なくなったら一緒に死にたいくらい辛いと思うし、居なくなること考えたくない。でもこの猫ちゃんはずっと待っててくれるとか羨ましい。

2015-10-21 04:09 │ from 名無しURL

3万円はイタイなあ( ´Д`)y━・~~

2015-10-23 19:20 │ from 名無しURL

分かる

つい先日、13年飼っていた黒猫を亡くしました。
悲しくて悲しくて………読んでいて涙が止まらなかった。
あっちで会えるかな。

2015-10-31 01:56 │ from ばけURL

すごく すごく素敵な話でした・・・!

2015-11-02 12:22 │ from 名無しURL Edit

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2016-07-31 20:26 │ from URL

とってもいいお話でした(;o;)
その霊能力者さん凄いですね

2017-03-23 23:26 │ from 零URL

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