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笑い女

 赤城さんが東京に引っ越す前に経験した話。
 旦那さんの仕事の関係上、赤城さんは引越しが多かった。滋賀県は北部にある町に住んでたときの話だという。

 その町に引っ越して数日、片付けに終わりが見えた頃、赤城さんは不気味な現象に直面していた。
 夕暮れになるときまって中年女性であろう笑い声が聞こえてくるのだ。テレビのボリュームを上げなくてはいけない大きさだったという。
 初日はご近所さんに何か楽しいことが起きているのだと思った。
 二日目には同じ人が笑っていると思わなかった。
 三日目に唖然とした。
<あーはははは……>
<うぁーはは、あはは……>
 無意識に外に出て、音の発生源を探した。外に出ると音量は思った以上に響いていた。隣のお宅に耳を傾け、前のお宅にも傾けた。どちらでもなかった。件の家は赤城さん宅の三軒隣だった。
 他の住人が誰一人表に出てこないことが不思議だった。 
(みんな気味が悪くないのかしら……)
 そう赤城さんは思ったという。
 笑い声は翌日以降も続いた。たまに一日聞こえない日もあったが、ほぼ毎日だった。

「人間って慣れるのよねぇ、どんなことにも」
 と赤城さんは言う。
「次第に聞こえない日なんかがあると、笑ってる人の体調でも悪いのかと思っちゃうの。実害があるわけじゃないから放置していたら、すっかり慣れちゃった」
 次第に好奇心も出てきた。
 笑っている女はどんな人物なんだろう? と。何が面白くてあんなに楽しそうに笑うのだろうと。
「近所に旦那の同僚の奥さんが住んでて。お会いしたときに聞いたの」
 町に住んで五年経た同僚の奥さんはもちろん笑い女の存在を知っていた。
 聞けば隣の丁目のマンションにも響き、住人たちも困っているという。
「どうして誰もあのお宅に文句言わないんですか?」
 お会いしてそうそう赤城さんはつい聞いてしまったという。
「●●さんのことよね……。あそこはほら、可哀想な奥様なのよ。半年前に事故で子供死んじゃって。それで“おきっつあぁん”になっちゃって」
 おきっつあんが狂人のことを指すことは語感で判断できた。
 ●●さんは子供の死により気が触れ、以来笑い出すようになった。死んだ子はカイト君という小学生三年生だった。周囲はあまりの境遇に深く同情したという。気の毒に思った町内の人間は●●さんをそっとしておくことにした。
 一年は様子を見よう、というのが町内の不文律だった。
「可愛い男の子だったらしいの」
 赤城さんはため息をついた。
(なんて可哀想なんだろう……)
 だがその時感じた同情心も、次第に迷惑な気持ちに変化していった。
 一人のときは確かに慣れたのだが、新居を訪ねてくる両親や友人に説明することが一苦労だったのだ。
 数週間もするとすっかりテレビの音量を上げる癖がついていた。意識して歩くと周囲の家も夕方になるとテレビの音が漏れてくることがわかった。どこの家もテレビ音で対策しているのだ。
 夕暮れの帰り道、笑い声が響く町の光景は赤城さんを気をひどく滅入らせた。
「だって私、カイト君なんて男の子、知らないんだもの……。そりゃあ、当時を知ってたら別かもしれないけれど」

 ある日、ふとしたきっかけで赤城さんは“おきっつあぁん”こと●●さんと話す機会を得た。
 ●●さんが家の前を打ち水してた際、ホースの水が赤城さんを直撃したのだ。
 濡れたスカートに途方に暮れる赤城さんに●●さんは丁寧に謝罪し、家にあがるよう請われた。
 渡されたタオルで拭きながら様子をうかがうと、誠実そうな人柄に思えた。どうも噂で聞いたような狂女のように思えなかった。
 目鼻立ちが整ったまだ三十代中盤の女性だった。清潔感のある服装としきりに謝る姿に、赤城さんは自分の抱えていたイメージとの違いに戸惑った。
 だがお茶を頂きながら、最近越してきたことを赤城さんが告げると、やはり笑い声の発生源は彼女だった。
「ごめんねぇ、赤城さん。いつも煩くしてごめんねぇ。許してね」
 重ねて謝る●●さんは心から申し訳なさそうに見えた。出された茶菓子は上品なクッキーだった。抑えていた好奇心が高まる。
「――なんで笑ってたの?」
 気が触れていないと判断した赤城さんは結局、尋ねた。
 一瞬●●さんの表情が歪んだ。
 あれ失敗したかも――焦る赤城さんに、●●さんは無表情で言った。
「笑うと追い払えるの」
「何を?」
 頭にハテナマークをめぐらせながら聞き返した。
 か細い声で●●さんは言った。
「……私の子供だったもの」
 見開いた眼に赤城さんは凍りついた。
「え?」
「……笑うと消えるの。凄く厭なモノと一緒に消えるの」
 呆然と●●さんを見つめた。異世界の人を見るようだった。笑いが邪気を祓うとどこかで誰かから聞いたことを赤城さんは思い出した。
 目の前の奥様は、息子さんの霊が訪ねてくることが許せなくて、それで真言を唱える代わりに笑うのだという。
 風邪のときそっくりの眩暈がした。
(……だけど)
 どうして子供はやってくるのだろう。
 そしてどうして目の前の母親はそれを受け入れないのだろう。
 子を失ったばかりの母親なら悪霊でも抱きしめるイメージが、母親像が、赤城さんにはあった。
 ハテナマークは増えていくばかりだった。
「引っ越したいけど、お金がない。引っ越したところで、何も変わらないかもしれない」
 ●●さんは諦念がこもったため息をつく。
 赤城さんは頭を悩ませた。
 表情を伺っている限り、赤城さんには目の前の女が狂人だと思えなかった。狂った人間はもっと支離滅裂なものではないだろうか。 
 けれどほんとうのこととは思えなかった。
 狂っているのか、わからない。
 確認するかのように質問した。
「どんな姿でお子さん、やってくるの?」
 ●●さんはただ首を振るだけだった。●●さんの見開いた目は生気を失っていた。 赤城さんは自分が途轍もなく不躾なことを言っていると遅まきに気づいた。再度同じ質問はできなかった。
 非礼を詫び、赤城さんは辞去した。
 自宅の門を開ける前、笑い声が耳をついた。背後から迫ってくるような●●さんの笑い声だった。夕陽が差していた。笑い声は悲鳴のようにも思えたという。

「旦那の転勤が決まった時は本当にほっとしたの」
 赤城さんは手を擦り合わせる。視線が揺れる。
「あの町の夕暮れの光景は忘れないと思う。ねぇ、私って冷たいと思う? もっと懇意に話を聞いてあげればよかったと思う? 私、お化けって信じていなかったけど、けどあのまま町にいたら、私にも凄く厭なモノがやってきそうな気がして。私は絶対に“おきっつあぁん”になんてなりたくなかったの」
 ――今でも夕暮れの町に笑い声が響くと、身がすくむ思いがするの。と赤城さんは身をすくめた。
コメント
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祝復活!*(^o^)/*おめでとうございます
赤城さんは冷たい人ですね!

2016-03-08 01:19 │ from 名無しURL

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