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ついていない

 井出さんが以前働いていた職場では異様に「ついていない」男がいたという。
 佐藤さんという中途入社の営業マンは、ことあるごとに憂き目に遭遇していた。
 電車の事故や小さい怪我は日常茶飯事。
 乗った営業車は原因不明に壊れる。会社用の携帯電話が壊れる。
 入社して半年後に千載一遇で手にした大きな商談も、まとまりそうなタイミングで先方の担当者が飛び降り自殺をし、流れてしまう。
 昇給がかかった商談だったので佐藤さんはひどく肩を落としていたそうだ。
 井出さんは落ち込む佐藤さんをお酒に誘った。
「人間さぁ、良いいい時もあれば悪い時もあるだろ。めぐりあわせだよ。明けない夜はないっていうだろ」
 先輩として励ましてやろうと思ったという。
 つまらない不運なんて気にしないで前を向いていたら良いことだってあるさ。
 はい、はい、と頷く佐藤さんに繰り返し励ましの言葉をかける。

 だが杯を重ねていくうちに、奇妙な現象に気づいた。
 なぜか佐藤さんのグラスに注がれた酒だけ、白く濁る。
 飲んでいるものは井出さんと同じ透明度の高い焼酎だというのに、何度注ぎ直しても佐藤さんのお酒は白く濁った。
 佐藤さんは乾いた笑いをあげた。
「やっぱりついていない……あ、それとも何か憑いているんですかね」
「何言ってんだお前。酒が濁るだけで、大したことねぇよ」
「いつもこうなんですよね」
 と彼は湿ったため息をついた。
「ついていないことばっかり。不快なことばっかり。ラッキーなこととは無縁なんですよ……」
 何言ってんだよと、井出さんは肩を叩いた。
「お前のところは可愛い子供がいるじゃないか。子供が健康で生まれて、すくすく育って。これ以上ラッキーなことってないぞ」
 子煩悩の佐藤さんの目尻が下がる。
「あぁ確かに、そうですね」
「子供が元気に生れてくるって、奇跡みたいなものなんだから。当然って思っちゃ駄目だよ」
 佐藤さんは幼い息子さんの写真を、携帯のフォルダに何枚も入れている。見せてもらった写真にはやんちゃそうな園児が写っている。「目に入れても痛くない」とえびす顔で言う。週末は息子にべったりで、熱を出したら仕事どころではない。こんなに誰かを愛したことはない、と佐藤さんは言う。赤ら顔で佐藤さんは子供のために仕事をしているとさえ言い切る。
「ついていないって言っても、僕ぁは幸せ者なんですね」
「そうだよ、そうだよ」
 どうしてこんなに「ついてないのか」思い当たるふしはないという。ただ中学生の頃から始まったそうだ。
 飲み会は料理皿に蠅の死骸が入っていたことをきっかけに解散になった。
 
 その晩の三ヵ月後、井出さんは家庭の事情で退職をした。
 同じ業種に転職した井出さんは、件の佐藤さんを知る人間と知り合った。
「狭い業界だから、元同僚だった人ってけっこうありふれてて」
 井出さんは相手に「やっぱり彼は昔からついていなかったですか」と尋ねた。
 笑い話に発展するかと軽い調子で尋ねたのに、返ってきたものは曇った表情だった。
「その表現、酷すぎませんか?」
「え?」
「子供無くした人間に、ついてないって表現は、明らかにおかしいですよ」
 丁寧だが人でなしを諭すような口調だった。
 慌てて違う『佐藤さん』ではないかと確認したが、間違いなく本人のことだった。
続けて聞いた話で井出さんは絶句した。
 佐藤さんの子供は事故が原因で、六歳になる前に亡くなっているという。

「なぜ」「なぜ」「なぜ」が今も頭をよぎる。
 彼はなぜ子供が生きている風に装っていたのか?
 狂っている風には見えなかった。最後に会ったときも。
 神様に見捨てられたレベルの『ついていない』ということが認められなかったのかだろうか?
 ――飲みながら子供の話をしていたあの時、どんな気分だったのだろう?
 今でも謎のまま、と井出さんは締めくくった。


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