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おいかけっこ

 健太は高校時代は野球小僧だった。
 かつては陽に焼けた身体が鋼板のように引き締まっていた。
 しかし月日の流れは彼の肉体にたっぷりと脂肪を蓄えていく。週末の飲み会。連日の油もの。徒歩移動は少ない。仕事が忙しくなればなるほど拍車がかかっていく。
 気づけば体重は十五キロも増えていた。腹の肉がベルトに乗っかるようになっていた。健康診断の結果も悪く、痩せねばならなかった。
 以上が健太が夜にランニングに励むようになった経緯である。

 走ることは元々が嫌いではなかった。健太は部活動を懐かしく思いながら汗を流して走る。
 コースとしては近くの運動広場まで行った後に八週、たっぷり一時間はかけて合計七キロを毎晩である。
 その習慣が二週間ほど続いた夜だ。異変が徐々に起き始めた。
 健太曰く、きっかけはあった。
「運動広場――まぁでかい公園みたいなところなんだけど、俺ん家からそこへ行こうとすると大通りをぐるっと回らないといけないんだけど、近道が墓場だったんだよ」
 よくそんなところを通ったな、と私は驚いた。
「そりゃあ気味が悪かったけど、そこを通ると通らないで時間が十分も二十分も違うんだ。大通りはコンクリートだからあんまり走りたくないし。コンクリートの上を走ると膝が痛みやすいし」
 そして彼は間違いを犯した。
 
 墓地を通る際、度々、大した悪気もなく痰を吐いたという。罪悪感を感じることなくゴミを捨てたという。
 あまりに自然に「ゴミを捨てた」と言うので私は再度驚いた。
「マラソンの中継見たことないの? みんな水分補給したコップを捨ててるでしょ?」
 テレビで見たランナーのように、健太は飲み干したドリンクを墓地に投げ捨てた。ゴミがそのまま放置されていれば罪悪感も沸いたであろうが、誰かが掃除をしてくれるおかげで捨てることへの罪悪感はなかったという。
「ゴミの話はもうよくないか? ともかくその日はなんか空気が変だったんだよ」
 落ち着かない様子で健太は言った。
「なんていうか、重いっていうか。ほら誰かがキレたあとの職場って変な空気じゃん? 営業先から戻ったら部長がキレた直後だった時みたいな空気みたいな」
 その夜もいつものように準備運動を終えてイヤホンを耳に嵌めた。どうも雰囲気は変だったが気候は走りやすい。
 快調に公園を二週し終えた。涼しい風に冷される頬が心地よい。

 ふいに、後ろから気配を感じる。

 振り向いても誰もいない。
 イヤホンから流れる音楽にまじり、もう一つの足音が聞こえる気がする。
 タッタッタッタッタッ――。
 健太は反響だ、と自分を納得させようとする。
 だが広い公園に反響するようなものはありえない。
(変だ……)
 一度不安を感じると全てが怪しく見えた。
 暗がりの中のベンチに、誰かが座っている風に視える。
 月の明かりに照らされた樹の影が人のように視える。
 いや、絶対に勘違いだ。
 健太は首を振った。
(思い過ごし、思い過ごしだ。もう一度だけ確認しよう――)
 意を決して、振り向いた。
 公園の明かりを逆行に何者かがいた。

(……?)
 足元は暗がりに隠れていたが上半身はハッキリ見えた。
 バンザイした手の先から紫の炎がでていた。
 炎に照らされた顔は皮膚が焼け爛れ、肉が剥き出しになっている。
 口は歪な形で固まり、 洞穴のように暗く広がっていた。
(なにこれ)
 恐怖よりも驚きが大きかった。
 走り続けながら観察するとソレは健太の背後数メートルに張り付き移動してきた。
 数刻遅れて、背筋が凍りついた。
 鼻を衝く『なんとも形容しがたい』嫌な匂いがした。
 健太は叫び声をあげ全速力で走ったという。
「本能的に走ったから良かった。頭は真っ白になって、ただただ走った。そうじゃなかったら気が変になっていたと思う」
 走りながら度々振り返るがソレはピッタリとついてくる。
 何が起きているか理解できないが、とてつもなく禍々しいものに追われていることだけがわかった。
 そのまま健太はなぜか公園をぐるぐると回り続けた。
「なんにも考えられなくて、身体が習慣のまま動いたんだ」
 頭を占めるのは、速く走ることだけだった。
 ――捕まれば、自分の中の何かが致命的に壊される。
 そのイメージに囚われる。
 健太は二度と歩けない自分をイメージした。二度と病院から出られない自分をイメージした。

 だが次第に限界もくる。
 もう後ろは振り返られなかった。
 時折鼻を衝く匂いに恐怖を感じるが、腿は悲鳴をあげていた。
(もう諦めてしまおうか)
 何度も頭をよぎる考え。
(もう辛い)
(これ以上走るのは無理だ)
(地面に倒れてしまいたい)
 次の曲がり角まで、次の曲がり角になったら歩こう。
 何度も考えた。
 だが本能的な恐怖で両脚は止まらなかった。 
 肺が痛い。
(厭だ厭だ厭だ……)
 次に健太がとった行動は、後から考えても意味不明なものだったという。
「もう怖すぎて……」
 まくりあげたTシャツで顔を覆い隠したという。
 無論前は見えない。
 だが恐怖は軽減されたという。
 そしてしばらく走った後に、当然だが――疲労した足と視界不明瞭の組み合わせの結果、転んだ。
 肘と膝をしたたかに打ちつけた。
 痛みに顔をしかめながら、身体を起こすと、そこは公園の外だったという。
 びっこを引きながら移動する。
 ようやく健太は振り返ることができた。
 深夜の静まり返った住宅街が広がるばかりだった。
 ランニングシューズは、泥の中を行進してきたかのようにどす黒い茶色に変色していたという。

「それ以来、公園と墓地には近づいてないよ」
 そして健太は走ることも止めた。
「走らなきゃって思うんだけど……もしまた何かに追いかけられたら、今度は捕まっちゃうだろうなぁって予感がひしひしとするんだ」
 健太の腹部には以前よりも脂肪がつき始めている。
「痩せなきゃ病気になるって言いたいんだろ? だけど、俺にはいつなるかわからない成人病より、化け物の方がよっぽど怖い」


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コメント
非公開コメント

>墓地を通る際、度々、大した悪気もなく痰を吐いたという。罪悪感を感じることなくゴミを捨てたという。

これが原因でしょうね。近い将来、モラルの無いこの人は、生活習慣病で>二度と歩けない>二度と病院から出られない…状態となるのでは。おそらく糖尿病で足が壊死して切断。

自分の行動を悔い改めて、墓地清掃のボランティアでもすればいいのにね。草むしり、墓石磨き、ゴミ拾い…痩せそうだしね?

2016-07-17 19:30 │ from 名無しURL

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