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のっとられ

 現在タクシー運転手をされている康之さんが中学生の頃。
 父親に誘われ登山に行った。
 場所は東京の奥多摩。
 中学生になり、康之さんとの交流がすっかりなくなってしまった父親が企画した登山だった。
 だが男二人で話が盛り上がるわけもない。
 もくもくと、もくもくと……歩く。だが康之さんは気詰まりを感じることもなく、むしろ心地よく無言での山行を楽しんでいたという。
 緑は深く、雑音はない。
(山っていいもんだなぁ)
 康之さんはシンプルにそう思った。
 一度父親がルートを見失い、本来進むべきではない獣道を直進するトラブルもあったものの、来た道を戻ることにより難を逃れた。
 後から思い返しても、その間違ったルートは、とりたてて違和感を感じるような道ではなかった。
 正規ルートに戻ってからしばらく後、父親は道の真ん中にある石を蹴落とした。
 細い道だったので、康之さんがつまづかないようにとの配慮だろう。もちろん山に慣れている人からすればご法度だ。下の方を歩いている人間に当たる可能性がある。
 康之さんは当時その危険性は知らなかった。あたりに人はいないし、別にどうでもいいと思っていた。
「子供じゃあるまいし躓かないけど、不器用な親父らしい行動だなぁって思って見てた。一言、俺に『足元に気をつけろよ』ですむことなのにね。ムカツキなんかしないよ。だから、その後の異変は、ルートを間違えて『間違った場所』に行ったことがきっかけだった」
 父親の行動を眺めながら長い尾根を歩いているとき、強烈な思念が康之さんに襲い掛かってきたという。
 突然だった。
 彼自身が言うように、怒りの感情なんて何一つなかった。良い日だと思っていた。父親のことを好きになっていた。だが思念を止められなかったという。
 ――この人をここから押したらどうなるのかな。
 ――急傾斜を転げ落ちる。木にひっかかるだろうか? 良い結果だったとしても骨折は免れないだろう。
 それくらい知ってる。
 運が悪ければ死ぬ。
 だから押してはいけない、間違っても押してはいけない。
 理屈ではわかっているというのに、脳が囁く。
<押せ>
<誰も見ていない>
<転げ落ちたと言えば、お前は捕まらない>
 気づけば父親へ、強烈な殺意が芽生えていた。
 ――父親を殺したい。
 ――無残な姿を見たい。
 ――コイツが生きていることは間違っている。
 父親が道から石を落とすたび、鼓動が早くなった。
<死ね死ね>
<死んでしまえ>
 堰を切ったように頭に呪詛が溢れ出す。
 絶対に生かしておく訳にはいかない。のうのうと暮らすことを許しておく訳にはいかない。 そんな言葉が続々と生まれて頭を覆い尽くす。
 殺意で頭が真っ白になったと同時に、目の前のすうっとホワイトアウトを起こした。
 
 例えれば。
 康之さんは振り返る。
「約束の時間に遅れそうなのに渋滞みたいな。あれに似てる。こっちは急いでるのに、混んでて。理不尽っちゃあ理不尽だけど。目の前の車が全部どんくさく見えるでしょ。無理やりにでもどかしたい衝動に駆られるでしょ、あれにすごい似てて。お前ごときがなんで俺の前にいるんだって理不尽な怒りを、百倍にした感じ」
 以下は康之さんが後に父親から聞いた話である。
「康之がなぁ、突然目がうつろになったんだ。こっちを見たって思っても……父さんを見たんじゃなくて、ただ顔だけを父さんの方へ向けたという状態でなぁ……。目を合わせないんだ。それが、なんだか……なんだかおかしくてなぁ。死んだ人みたいな目をして……」
 父親の前で、康之さんは呻き始めた。呻き声はすぐに鋭い叫びに変わったという。
「ギ、ギッ、ギーッ!イ、イ、イ……イーッ!」
 康之さんは身体をこわばらせ、のけぞり、両手をきつく拳に結んで上下に振りはじめた。登山バッグの重みで彼の身体は崖側に揺れ始めた。
 父親は慌てて康之さんの右手を掴んだ。細い手首はまるで氷のように冷たかったという。
「だがお前は、空いている片手で地面に落ちている石を拾って……地面を這う蜘蛛や昆虫を殺し始めた。正直、父さんも不安だったよ」
 父親は一瞬の判断で、康之さんの頬を力強く叩いた。
 康之さんは膝から崩れ落ちたという。
「それから親父は大変だったみたい。気を失った俺を背負って下山してくれて」
 苦笑いをしながら康之さんは言う。
「俺? 俺は目が覚めたら麓の民家だもん。訳がわかんなかった。ただ隣で親父がめちゃくちゃホっとした顔してたの、まだ憶えてるよ。『頬が痛ぇ』って言ったら頭を叩かれた」
 父親に山で何が起きたか説明された後も、にわかには信じがたかった。
「死ぬまで親父は恩着せがましく言ってたよ。あれは焦ったって、お前は重かったって、今わの際で笑ってたよ親父」
 大人になってから知ったことだが、登った山は『忌み山』と呼ばれていたという。その山を買う者には祟りがおき、入る人間にも良くないことがあるという。
 それが関係しているか今でも康之さんはわからない。
「まぁいいんだ。祟りでも狐に化かされたとしても。意味わかんないけど出来事だったけど、いまじゃ親父とのいい思い出だよ」
 今でも康之さんは年に一度は奥多摩を登るという。
 死んだ父親に会える気がすると康之さんは言う。


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