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不動産屋の写真を修正

「ちっちゃい会社ですから、いわば何でも屋ですよ。依頼があればサイトの構築もやりますし、商材写真の補正もやります」
 米谷さんは今年三十五歳。職業は中小企業のWEBデザイナー。
 私には珍しい他会社との合同飲み会で、酔っ払い同士が迷惑な客からの注文や、珍奇な話を次々と語り合っていた時、私が水を向けると米谷さんは酔眼で話し始めた。
 ほんとうにあったことか、作り話なのか、その後、尋ねてみたこともないので、私にはわからぬけれど、ちょうどメンヘラ女で痛い目にあったばかりの私だったので、普段よりも背筋がぞっとした。
 話というのは、

 うちみたいに小さいところだと、仕事選んでらんないですから。怪しいところからの依頼があっても、断ることなんて出来ないんです。
 仕事が多岐にわたっていいじゃないかって? いやいや、貴方、企画物のAV女優見て「色々できて羨ましい」って言いますかねぇ?
 都内の不動産屋さんから依頼があったんです。これは社長のツテだったのかなぁ。内容は写真の簡単な修整で、賃貸情報サイトに載せる写真を修整欲しいってことで。あたしは不思議だったんですよ。そりゃあウチは安いですけど、今は画像の修正くらい誰でもできますから。なんでわざわざお金の発生するとこに頼んだろうって不思議だったんです。ただ送られてきたデータを見て納得しました。あぁこりゃあ、ねぇ……って。十数枚の写真。広めの1DKの写真。どれにも女と思われる訳わかんない何かが写っているんです。
 なんで女だとわかるんですかって? わかるんですよ。あぁデータ残しときゃ良かったな畜生。十人見りゃ十人が女だって答えますよ。雰囲気っつうか、怨念の具合っつうか……。まぁありていに言っちゃえば心霊写真なんですよ、うん。心霊写真。誰がどう見ても。写真に顔しか写ってないんですもん。シミュラクラ現象? あぁあの三つの点がありゃ顔に見えるってやつ? いやいや……そんなシンプルなものと間違えますかい。普通に顔なんですよ。似てるのは能面。能面の桧垣女。知りません? ググってください。ゾッとしますよ。あたしは一見してゾッとしましたよ。知り合いのシャブ中みたいにな顔だって。
 あぁすいませんね。鮟鱇の肝大好きなんですよ。いいですよねコクがあって。そうそう写真なんですけど。女の顔を消してくれって依頼なんです。まぁそのままじゃ賃貸情報サイトに載せられませんからね。いや、けどそんな大手のサイトと違いますよ。ウチらと同じような中小の不動産がカッコつけて作ったような賃貸サイトです。えぇ。送られてきた写真に写ってる女の顔らしきもの、消すのは簡単なんですよ。Photoshop使えば一発ですよ。あたしどんなブサイクの女だって可愛くできる写真修正スキルありますからね。不要なもの消すのなんてお茶の子さいさい、全く。
 まぁ簡単でした。なんだろうなぁ気味悪ぃなぁって思いながらチマチマ消していって。出来上がりは綺麗なもんです。どう見ても綺麗なマンションの一室。いっちょあがりってな具合で、一仕事終えたんです。それであの日は牛丼でも食って家に帰ったのかなぁ。まぁいつも通りですよ。いつも通りの底辺の生活ですよ。飯食って安酒飲んで。風呂入って布団に潜り込みました。あたし寝つきはいい方なんですぐにグースカですよ。ただ珍しく目が覚めました。それも当然なんですよ。足元に人の気配。もちろん誰も泊まりにきてやいません。
 じっと見つめると、蟻の群れみたいにみたいに、何かモヤモヤと蠢くものがあるんです。気のせいかと思って眼をこすってみるんですが、やっぱりなんだか動いている。あたし横になったまま、息を呑んでそのモヤを見つめ続けました。すると見ているうちにしたがって、薄モヤみたいなものがだんだんハッキリしてきて、窪んだ眼窩に子供がラクガキしたような眼、鼻と同じくらいに突き出された頬はロウロクみたいな色で、厚い唇の中の腐った歯までも、ちょうど画像のダウンロードが終ってない画像みたいに、ぼんやりとですが妙にハッキリと見えるのです。
 ああいう時って動けないもんですねぇ。息を殺していると、ペタッペタッ……って濡れた足音が聞こえてくるんです。目だけが動くんです。足元に寄ってくるのを見つめるだけ。
 近づけばもっとよく見えます。
 女でした。
 不動産から送られてきた写真に写っていたのと同じ、能面みたいなツラした女。
 一目見てコレは人間じゃないとわかりました。死人の無表情でした。視線を下げると女の手にはハサミが握られていました。なに? なに? 掠れて声も出ません。部屋の湿度はぐっと高くなります。寝転んでるだけなのに汗がひっきりなしで後ろ髪が濡れているのがわかります。あぁ厭だなぁ厭だなぁ……って思っていると微かな声が聞こえました。内緒話のようなトーンで、……った……つった、つった……うつった……。
<……うつった……うつった>
 幻聴だって自分に言い聞かせるんですけど、信じ切れないんです。あたし霊体験なんて今まで感じたことなかったですから、まるで初めて手品見たときみたいに怯えるばっかりなんです。ただただコソコソ小声の『うつった』が『写真に写った』ことを言ってるのか、それともあたしの部屋に『移った』と言ってるのか、どちらの意味だろうって必死に考えちゃうんです。後者だったら絶望的に嫌ですから。考えたってわかるもんでもないですけど。そうこうするうちに、女が動きました。
 能面女が、手にしていたハサミを持ち上げたんです。
 固まり続けるあたしをよそに、女はハサミを口に入れます。まるで歯磨きみたいに激しく動かすんです。
 ジョキッ、ジョキッ、ジョキッ。って。「ぺっ」って床に吐き出したものを視線で追うと、舌の残骸でした。
<うふっは>
 叫びましたよ、ええ。深夜なのに。近所迷惑だろうがどうでもよくて。それよりこっちは自分がキチガイになるんじゃないかって恐怖でいっぱいなんですもの。逃げ出したいんですけど身体が動かない。布団を引っ張りあげることもできない。あたしはあんまりにも怖くて正直な話、ぼろぼろと涙をこぼしました。堪忍してくれ、堪忍してくれってひたらす念じながら。
 ただ……それが良かったのかもしれません。ほらガキん時って泣いてたら寝オチしてたってことあるじゃないですか。あたし大人ですけど寝オチできたんです。

 気がつくと朝になっていました。
 身体が動きましたから、さんざん部屋を探しました。だけど昨夜の証拠となるものはどこにも残ってません。当然かもしれませんが。突然部屋に現れたお化けか何かわからないものが、痕跡残すわけありません。あたしの涙の跡くらいでした。
 ま、あたしの話はそんなとこです。
 あ、貴方、あたしの幻覚だと思ってらっしゃる。
 証拠ないならそれは夢だと思うんでしょう? いえわかるんです。前にあたし、別の怪談収集家にお話した際もそんなツラされました。まぁいいです。証拠にはなりませんけど、次の日会社行ったら上司にドヤされました。先方からクレームきてるって。不動産屋がえらく怒ってるって。
 そりゃそうです。
 修正したはずの画像が、女の顔を消したはずの画像が、元に戻っていましたから。
 あたし上司にペコペコバッタで謝りながら、一方でほっとしました。あぁあたしの家から戻ってくれたんだなぁって。再度の修正作業は断りました。どんだけ怒られようが、どんだけ会社で立場が悪くなろうが、再びあの能面女とご対面したくないですからね。


 後に確認すると、件の写真が写る部屋は、錦糸町駅から十分ほどにあるマンションだという。
 部屋の借り手はちゃんといたそうだ。
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