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新社会人に向けて

 終電間際、かかってきた電話対応をしている田辺さんの鼓膜に電話越しではない、草笛に似た細高い音が届いた。
<……誰だろう?>
 何者かがふざけて口笛を吹いているのだと思った。
 だが電話を終えて、音の出所らしい箇所に顔を向けると絶句した。
 長い髪に隠れた女の顔が、ドアの隙間から上下していた。落下と、ゆっくりとした上昇を繰り返していた。
 口元だけでにたぁと下碑た薄笑いを浮かべた女は『わ』と発するように唇を動かした。続けて『たしと・いっしょ』と唇だけで話しかけ、唐突に消えたという。
<うわっ……>
 当時田辺さんは会社と自宅の繰り返しの毎日だった。
 そこを見透かされたようで、急に恥ずかしさを憶えたという。
 不思議とその女の正体に思考はまわらなかった。後から考えればその時間に社内に残る女性はいるわけもなく、おまけに女の顔があった高さはおよそ二メートル半と人外であることは明らかだったが、それよりも指摘にただただ自分が恥ずかしくなった。
「翌週に退職届を書きました。たぶんあのお化け女が言うとおり、死んでいるのと一緒だと思ったから」
 田辺さんは現在、フリーター生活を堪能しているという。

 × × × × × ×

 新社会人になったばかりの井野君は理解できなかった。
 なぜたかだが一年早く先に入社しただけの人間が横柄なのかを。
 なぜ四つしか年齢が違わない女が自分を物のように扱うのかを。
 なぜ係長がしきりに夜を厭がるのかを。
 どうして係長は毎年決まった日に赤の他人の墓参りに行くのかを。
 酒を呑むと係長は泣き出す。子供のように泣き出す。
 係長が犯した致命的なミスのせいで取引先の人間が一人首をくくっていると知った今も、井野君はいまだ理解できない。今後も理解できないだろうと話す。だがきっとそれも変わる。

 × × × × × ×
 
 石峰さんは入社して七年。社内では中堅の立場である。
 育てた後輩も十人ほどにもなるが現在全ての後輩は転職している。
 それは会社のせい、と石峰さんは言う。
 事実、話を伺う限り職場環境はブラックだ。
 それでも石峰さん自身が退職しないのは「自分がいないと会社が回らないから」という理由だ。
 だが彼は呪っている。
 独自に学習した密教系の呪術を用い、一日千回とある真言を唱え、辞めていった元部下の全員が不幸になりますようにと念じている。
 全員が転職先を馘首され、惨めに路頭を迷った挙句に自分に泣いて縋ってくる様を思い浮かべては自慰を繰り返すという。
 対象は男女問わずである。
「管理職になった奴、だいたいみんな同じこと考えてるって」と言うが私にはわからない。
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