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便所の怪談(社会人ver)

 便器の上には水を流す為の押しボタンがついている。
 男性諸君であれば想像がつくかとは思うが、あの金具は反射する。

 篠川さんはいわゆる「ブラック企業」に勤めていた。
 その職場ではトイレ休憩も三分以内と定められていた。
 慌てながら用を足すのが常だったという。
 篠川さんは朝から続く多忙に昼飯をとる間もなく追われていた。
 気づけば夕暮れは過ぎていた。
 長い時間我慢していた篠川さんはゆっくり小便をしたそうだ。
 ぼんやりと便器を見つめると、金具に反射する自分が写った。
 金具の形に歪んだ自分はひどく疲れていた。
(いい加減、新しい仕事を探さないと)
 目を閉じ、開けた。
 金具に、男の生首が反射していた。
 生首は肩あたりを漂いながら篠川さんを覗き込んでいた。
 不思議に篠川さんは冷静だった。
(このままじゃ、これになる)
 篠川さんは水を流すと、手を洗わずにトイレを出た。ちらりと目に入った鏡に、生首はもちろん映りこんでいたという。髭は伸び放題で、目は頬まで垂れ下がっていた。
「たぶん。呟いていたと思うんだけど……」
 トイレのドアの開閉音に混じって「はやくもどらなくては」と聞こえたという。
 振り向いたが汚い床と壁しかなかった。ライトがチカチカと揺れたくらいだった。
 翌日、篠川さんは退職届けを提出したという。
 上司たちからはしつこく慰留され、仕舞いには脅しに近い文句も投げられたが強引に会社を去った。
「死んでまであの会社に繋がれるのはゴメンでしたから」
 渋る先輩社員にしつこく問いただしたところ、篠川さんの入社する半年前に一人の営業マンが自殺していたそうだ。

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